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郡上の「酒」を知りたい!そう強く思ったのは、郡上の発酵食品は「味噌」も「醤油」もワイルドな香りがありながら、料理にすると意外にも繊細な味わいを楽しませてくれるというギャップに興味を持ったから。お酒の製造は、数ある発酵食品の中で一番と言っても過言ではないほど繊細な作業が問われるもの。「酒」知れば「郡上らしさ」が見えるかも!と期待を寄せて、今回は2軒の酒蔵を訪ねました。

1軒目は、地元の人に「郡上のお酒と言えば?」と尋ねて一番多く名前が出てきた、「母情(ぼじょう)」という銘柄で知られる「平野醸造」。2軒目は、「元文」という銘柄を造る「布屋 原酒造場」。全国でも酒に精通した人はピンと来る、知る人ぞ知る先鋭な蔵元です。

郡上に根付いた酒蔵。
「母情」という銘柄で知られる「平野醸造」

郡上に根付いた酒蔵。
「母情」の銘柄で知られる「平野醸造」

平野醸造01

郡上の山の葉が錦絵のように色づき始めた11月、日本三大清流のひとつ「長良川」に沿って、車で北へ進んでいくと、左手に風光明媚な景色に溶け込んだ蔵元に掲げられた「母情」のロゴが目に止まります。その蔵元が「平野醸造」。これまでいろんな地元の酒屋や飲食店で見かけてきた「母情」がここで造られているのかと、気分が高まります。到着したらすぐに杜氏の日置義浩さんが蔵をご案内くださいました。物腰柔らかくて気さくな印象を持つお方です。

平野醸造02

蔵では仕込みが始まったばかり。朗らかな表情で話す日置さんも、仕込んで間もないタンクを1本1本眺める時は真剣そのもの。「いい水のある所に名酒あり」と昔から言われているなか、こちらで仕込水、洗米、道具洗いに至るまですべて地元の名水「古今伝授の里の水」を使用。酒米も福井県や岐阜県など近場で生産されているものが多く、郡上市産の酒米も使っています。

平野醸造03

見学している中で特に印象に残ったのは、日置さんの「目指す酒」についてのお話。品評会では甘いお酒が高く評価されがちななか、「辛くてスッキリした味わいを目指しています。口に入れた時に『うまい』と言う酒はいっぱいあるけれど、僕は『もういっぱいちょうだい』と言う酒が好きなんです」と美味しそうな表情で伝えてくれました。

平野醸造04

見学後、副社長の平野雄三さんが「純米吟醸」と「大吟醸」2種類のお酒を試飲させてくださいました。まずは「純米吟醸」を。驚いたのが香りと味のギャップ。精米歩合55%と思えないほど、もろみの香りや米を蒸した香りを想わせる、ワイルドでふくよかな香りが漂います。一方、口に入れるとスッキリとしたキレのある味がフッと現れ、過ぎ去ります。郡上の味噌や醤油に持った印象と似たところがあって嬉しくなります。「今味わっていただいた『純米吟醸』と『超辛口』というお酒は、鮎の塩焼きに合うと言われているんですよ』と教えてくれました。なんて郡上らしい食べ方! ああ、いますぐ晩酌をしたい!!

続いていただいたのは「大吟醸」。こちらで一番高値のお酒です。こちらのお酒は、香りも味も雪解け水のように柔らかく清らかで、フルーティーな余韻が残ります。こちらはお刺身や焼き魚に合うそう。 2種類味わっただけでも、見事に違う楽しみがある酒。そしてどちらも確かに「もういっぱい!」と言いたくなるところがまさに狙い通りで唸らされます。

平野醸造05

なお、平野醸造は、電話予約を知れば見学が可能です。また年に一度「蔵開き」を開催しており、新酒を味わうことができます。特に注目するお酒は、蔵開きに合わせて仕込む「風土酒」。地元の神社にあった木桶に郡上の酒米と水で仕込んだ、まさに「風土」を感じるお酒。どのような風味かは来てからのお楽しみです!

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2軒目の酒蔵「布屋 原酒造場」に訪ねる前に立ち寄ったのは、地元の人からおすすめいただいた郡上八幡にある「俄(にわか)」という蕎麦屋。こちらでは原酒造のお酒を4種類揃えています。蕎麦でお酒? と思っていたら「粋な大人は蕎麦屋で呑むんだよ」と元バーテンダーの夫。知らなかった世界を体験したくて早速いろんなお蕎麦を注文してお酒と合わせてみました。

まずは蕎麦をひとすすり……。夫婦共々あまりの美味しさにハッとし、これはお酒なくてもいいのでは?と思っちゃう私。しかし念のためお酒もすすってみると………あれ?これまで郡上で出会ってきた発酵食品の風味と違って思わず困惑します。ふわっと柔らかく可憐で、芯もある繊細な香りと味わいが艶めかしく蕎麦の風味と溶け合い、蕎麦を一段と美味しく仕立て上げてくれます。

平野醸造のお酒は「一緒に郡上らしい味を楽しもう!」と肩を組んで盛り上がっているイメージなのに対し、原酒造のお酒は、美味しくなるよう引き立ててくれる良妻賢母という印象でおもしろい。なお、私たちがベストマッチだと感じたのは「辛味大根ぶっかけそば」。実はお店の方も一番のおすすめメニューだそう。

なお、お店を出てから知ったのですが、「俄」は、これから行く原酒造12代目当主、原元文さんの弟である原保元さんが営んでおり、郡上産の蕎麦の実を石うすでひいたら、すぐに原酒造の仕込み水で手打ちしている粋なお店です。

全て「花酵母」仕込み!
「元文」という銘柄を造る「原酒造」

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全て「花酵母」仕込み!
「元文」という銘柄を造る「原酒造」

原酒造01

俄から「長良川」に沿って、車で約25分北へ進んでいくと、伝統美ある蔵が現れました。こちらが「布屋 原酒造場」。創業元文五年(1740年)。今もお酒を製造する土蔵は創業当時のまま使われ、玄関口にある母屋も100年近い歴史がある風格ある佇まい。江戸時代、お殿様が領地を視察するときは原酒造に泊まり、庭を眺めていたそう。

原酒造02

扉を開けると、布屋12代目、原家39代目当主の原元文さんがお出迎えくださいました。まじめで物静かな印象のおかた。どんな問いにも、歴史背景や研究内容などを添えて、静かに詳しく、そしてわかりやすく伝えてくださいました。発酵を勉強し続けている私たちも知らない発酵の世界があり、話を聞くにつれて気持ちが昂ぶっていきました。

原酒造03

こちらのお酒の特徴は、全て「花酵母」という酵母で醸していること。定番の「桜」と「菊」など、花から取れた約30種類の花酵母を使います。そもそも、世界で初めて自然界の花から天然優良酵母を分離する方法を確立させたのは東京農業大学。この技術の要が抗菌性物質「イーストサイジン」で、この研究をしたのがまさに原元文さんなのです。

原酒造04

お酒には全て郡上の米を使用。それも「あきたこまち」という食用米を使うそう。「酒造好適米も使ったことがあるけれど、食用米の方がすっきりしていてうちに合っていました。そもそもこの辺りで作る米は、コシヒカリかあきたこまち。昔の酒造りでは、その土地で取れた米で作るのが普通だったし、あきたこまちにしようと。それを50〜70%くらいに削って使います。うちの水は郡上の中でも特に柔らかく、この水とも相性が良いです」という奥深い考えも原さんらしい。なお、原酒造さんも予約をすれば見学が可能。ぜひ訪ねてみてください。

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miyamoto

自然の恵みに謙虚に向き合う「農家&麹屋」の夫と、伝えることを追求する「醤油ソムリエール&デザイナー」の嫁が、地に根ざした日本の「食文化」を100年後の未来に繋げるべく結成したユニット。発酵食を裏で支える農業・水産業・林業にも寄り添いながら日本の食の底上げを計る。

夫:宮本貴史

2016年に麹業界に新規参入した「麹ベンチャー」。無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。年間1000人以上の人を対象に「味噌・醤油仕込みの会」も開催。

嫁:黒島(宮本)慶子

醤油、オリーブオイルソムリエ&デザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、デザイン、執筆、レシピ作りなどを通じて、人やコトを結びつけ続けている。玄光社から『醤油本』を出版。

Photographs by miyamoto