日本語
どぶろく

奥の奥

「どぶろく」という言葉を聞くと、心がくすぐられます。どのような地域でどのような想いで造ることになり、どんな風味に仕上げているのだろう。そんな想像が膨らみます。そして口にすると、なんだか「特別な味」という感覚になるのです。

「どぶろく」とは、簡単に言うと濾していない日本酒のこと。日本酒と同様に、米、米麹、水を混ぜ、発酵させてお酒にしますが、日本酒はその後濾すのに対し、どぶろくは濾しません。そのため、とろりとして白濁しています。また「神事」とも結びつきが深く、飛鳥・奈良時代には、豊作祈願や収穫ができたことに対して感謝を示す場において、神様にどぶろくを捧げてきたという歴史のあるお酒です。

「お酒」が一般的に広まると、家庭でどぶろくを仕込んで飲む人が増えてきたそうですが、1899年(明治32年)に国がお酒の自家醸造を政策で禁止したことにより、家庭では仕込めなくなり、こっそり作った人が捕まることも多かったそうです。そんな中で、地域振興を目的に構造改革特区として設けられた「どぶろく特区」が2002年に始まり、認定地域ではどぶろくを製造し、お店や宿で提供したり、販売することができるようになりました。

実は私たち夫婦も米を育てており、どぶろく作りへの淡い夢をずっと抱いています。今回、郡上の「発酵」についてリサーチしていたところ、郡上・大和エリアに「どぶろく特区」があると聞き、興味を持ちました。調べてみれば、2008年に「古今伝授の里やまと 食・文化再生特区(どぶろく特区)」の認可を受けた郡上市大和町で「母袋工房」と「三河屋」がどぶろくを作っていると知り、心惹かれて訪ねました。さて、どんな「どぶろく」に出会えるでしょう。

郡上市大和町・どぶろく特区第1号
「奥の奥」を生み出した「母袋工房」へ

郡上市大和町・どぶろく特区第1号
「奥の奥」を生み出した「母袋工房」へ

どぶろく01

まず訪ねたのは、大和町のどぶろく特区取得に取り組み、当特区第1号「奥の奥」を生み出した「母袋工房」。こちらでは、自ら育てたお米でどぶろくを作り、自社の豆腐湯葉料理のお店で提供しています。

どぶろく02

のどかな風景を眺めながら気持ちよく車を走らせていると、どんどん深い山中へ……。こんなに山奥にあるの!? と場所を地図で真剣に確認した時、そういえば、こちらのお酒の銘柄が「奥の奥」であることに納得しました。
車を進めると、徐々に視界が開け、澄んだ空気と美観が広がる場所へ。「わぁ!きれい!」と、車を止めて深呼吸すると、すぐそばに「母袋工房」が見えてきました。

お豆腐工房の入り口では、母袋工房の代表商品「燻り豆腐」や、豆腐、油揚げなどが販売され、奥ではせっせとお豆腐作りが行われています。声をかけると、朗らかな雰囲気の筧(かけひ)さんが出迎えてくださり、早速、どぶろくを作る工房に案内してくれました。

どぶろく03
どぶろく04

「僕たちが育て、7、8割に削ったコシヒカリを、地元の酒蔵や味噌屋に持っていって麹にしてもらいます。それから、掛米(かけまい)にするコシヒカリを蒸し、座敷に広げて冷まし、そしてタンクの中にこの蒸米と麹と水を入れて発酵させていきます」

簡潔明瞭に説明してくれる筧さんが作るどぶろくの風味は「僕が好きな辛口のどぶろく。甘口のどぶろくの方が評価はされるけれど、僕が作るから僕好みの辛口にしかならないんだよね」と爽やかに微笑みます。

さらに「できた瞬間が一番美味しいから、できたてをすぐに飲んで欲しい。なるべく1ヶ月以内。瓶の中での熟成も考えて早めに出すところもあるけれど、うちは発売した時が一番美味しい時。だから完成したらすぐに瓶詰めします。生のまま」と、信念がある言葉で伝えてくれました。

どぶろく05

どぶろく「奥の奥」に使う水は、標高1,300mの母袋烏帽子から生まれる地下水。年間を通して10〜12度と、水温が一定なので理想な風味に仕上げやすく、さらに雑菌が少ないので腐りにくい。そして、使うお米はあえて古米。「農家が食うために作った米の余剰米をどぶろくにするというのが、古来のどぶろくのあり方であり、特区としての考え方です。僕もその考えに沿って作っているし、古米で十分美味しい」という筧さんの言葉を聞くと、どぶろくの背景にある歴史や景色や暮らしが見えてきて、やっぱり「どぶろくっていいな」と実感と憧れが湧いてきます。

それにしても、特区として認定されるのは大変だというイメージです。筧さんにたずねたところ「郡上市役所や岐阜県産業技術センター、大和観光協会など、多くの協力があってこそ実現しました。毎年恒例となった『どぶろく祭り』だって、地元の方々の尽力がなければ実現できなかった……」と、感慨深く話してくださいました。「どぶろく」は「地域のみんなで作る味」なんですね。

どぶろく06

お土産に、どぶろく「奥の奥」と、母袋工房の代表商品「燻り豆腐」を購入して帰宅。さっそく晩酌を楽しみました。
まずはどぶろく「奥の奥」を一口。今回は珍しくも「紅麹」を使った桜色のどぶろくです。米粒がまるで桜の花びらのように浮かぶお酒を、乙女心をくすぐられながら口に含むと……、苺のような甘酸っぱい味わいに、桃のようなまろやかな舌触り。絶妙な酸味によって後口はスッキリ。まるで可憐な少女のようです。飲みやすくて……止まらなくなる!そしてお酒のアテに「燻り豆腐」を。こちらは燻製の香りとチーズのような濃厚な風味。ふたつが合わさると豊かな世界観が生まれ、ローカルな味わいに大満足。

どぶろく07
どぶろく09

次回郡上大和を訪ねる時には、母袋工房さんに併設の豆腐・湯葉料理店「奥の奥」で豆腐湯葉料理と「奥の奥」を一緒に楽しんでみたい!そんな次の旅への楽しみが生まれました。
なお、今回購入した「奥の奥」は、郡上の酒屋や道の駅でも購入することができますし、母袋工房からお取り寄せすることもできます。

どぶろく08
どぶろく01 どぶろく03 どぶろく05 どぶろく07 どぶろく09
どぶろく02 どぶろく04 どぶろく06 どぶろく08
どぶろく

大和歌魅(やわかみ)

続いて訪ねたのは、「大和歌魅(やわかみ)」と言う銘柄のどぶろくを作る「三河屋」。3反の田んぼで米を育て、どぶろくにし、自社の和食中心の無国籍料理店「三河屋」で提供しています。ちなみに、銘柄「大和歌魅(やわかみ)」を逆から読むと……「三河屋(みかわや)」です。気づいた時にクスっとさせてくれる、素敵なネーミング。

お店を訪ねると、店主の河合岳夫さんが晴れやかな笑顔で出迎え、「今日は仕込みをお見せしますよ」と、嬉しいお言葉をかけてくれました。ワクワクしながら待っていたら……。なんと粕汁を出してくださいました!取材時は寒い日だったのでお腹と心に染み渡ります。なんともホスピタリティに溢れたお方。ホッと骨抜きになったところで、どぶろく「大和歌魅」の仕込みがスタートです。

かつて各家庭で行われてきたどぶろく作りを想わせる。
「大和歌魅(やわかみ)」を作る「三河屋」へ。

どぶろく10 どぶろく12 どぶろく14 どぶろく16 どぶろく18 どぶろく20
どぶろく11 どぶろく13 どぶろく15 どぶろく17 どぶろく19

かつて各家庭で行われてきたどぶろく作りを想わせる。
「大和歌魅(やわかみ)」を作る「三河屋」へ。

どぶろく10
どぶろく11

と、目の前に並んだ道具に「え!?」と目が点になりました。すべて、各家庭にもありそうな道具ばかり。日頃はいわゆる「蔵」を訪ね回っている私たちにとっては、新鮮な風景。そういえば、どぶろくは元々家庭で気軽に作っていたお酒。昔の人たちもこのように家庭にある道具でどぶろくを作っていたのかもしれません。これこそ貴重な製造風景!

どぶろく12

さて、早速作ってもらいました。
炊飯ジャーで炊いたお米を、しゃもじで透明の衣類ケースに入れます。

どぶろく13

入れ終わったら氷を投入!大胆!!
「この後に酵母菌や麹を入れる時、お米の温度が50度前後である必要があるのです。普通は常温で放熱させて冷ますけれど、僕は炊きたての熱々ご飯に氷を入れて冷まします。そうすると早いんです」と、驚いている私に、ニッと笑顔で教えてくれました。確かに効率的。思いもよらないアイデアに唸りました。

どぶろく14
どぶろく15
どぶろく16
どぶろく17

50度前後になったら酵母を入れて混ぜ、馴染んだら米麹を入れて再び混ぜて完了。
あっという間に仕込みが終わりました。

どぶろく18
どぶろく19

あとは、温度管理をしながらしばらく保管し、数値を測りながら品質管理。完成したら大きな冷蔵庫で美味しさを保ちます。

いわゆる「酒蔵」とは全く違う、眼から鱗の家庭的な造りに感動を覚えました。もしかしたら、今では繊細かつ精密に造られることが多い「日本酒」も、元々はこのような気軽な仕込みかただったのかもしれません。

「どぶろく特区として認定されることの利点は、酒造の免許取得の条件の一つにある『年間醸造見込み量が6kℓ以上(一升瓶にして、約3,333本)』という規定を満たなくても良いところ。特区であるおかげで、うちのように家庭にある道具で、少量の製造をすることができるのです」と、河合さん。

そもそも河合さんがどぶろくを作ろうと思ったきっかけになったのも、「どぶろく祭り」で出会った人の中に「押入れで作っている」という人がいたから。その気軽さに興味を持ち、まずは教科書通りに作り、そして、手間を減らしつつもしっかりと米粒が溶けて理想の美味しさになることを目指して創意工夫を重ね、今の作り方が確立したそう。

おすすめの味わい方は、「チーズなどしゃれたものより、味噌汁や味噌煮や味噌漬など、味噌を使った田舎料理と一緒に食べるのがいい」と美味しそうな表情で教えてくれました。日々料理店でお客様と顔を合わせながらどぶろくと料理を出す河合さんが言うのだから間違いない!早く味わいたくてうずうずします。

どぶろく20

後日、河合さんのどぶろくを三河屋さんからお取り寄せ。サービスで同封してくださっていた蕗味噌と一緒に自宅で味わいました。

まずは「辛口 緑もち米入」を一口……。お、これはキレが強い男酒。口に入れた瞬間に、パイナップルやマスカットのような風味が弾けるように広がり、どぶろくの濁りが柔らかく包み込んでいく。まるで男気の中に人情を感じさせてくれるようなどぶろく。続いて「赤米入り」を一口。お、こちらはキリッと華やかな印象。かっこいい凛とした女性を想わせます。風味はまるでグレープフルーツ。

そして、驚いたのは「蕗味噌」との相性の良さ。どぶろくのキリッとした刺激を、心地よく和らげます。蕗味噌とどぶろくだけで、何時間でも飲めます。次は、三河屋に行って、河合さんが作る他の料理との相性も楽しみたいなあ。

なお、今回購入したどぶろく「大和歌魅」の種類は、他にも2種類くらいあるそう。三河屋さんで買えるほか、「道の駅 古今伝授の里 やまと」や白鳥にある「かがや酒店」などでも販売しています。

miyamotoプロフィール画像

miyamoto

自然の恵みに謙虚に向き合う「農家&麹屋」の夫と、伝えることを追求する「醤油ソムリエール&デザイナー」の嫁が、地に根ざした日本の「食文化」を100年後の未来に繋げるべく結成したユニット。発酵食を裏で支える農業・水産業・林業にも寄り添いながら日本の食の底上げを計る。

夫:宮本貴史

2016年に麹業界に新規参入した「麹ベンチャー」。無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。年間1000人以上の人を対象に「味噌・醤油仕込みの会」も開催。

嫁:黒島(宮本)慶子

醤油、オリーブオイルソムリエ&デザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、デザイン、執筆、レシピ作りなどを通じて、人やコトを結びつけ続けている。玄光社から『醤油本』を出版。

Photographs by miyamoto