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にしんずし

大和や白鳥など、郡上市の中でも寒い北のエリアで、正月のごちそうとして愛されてきた「にしん寿司」。にしん、大根、人参、白米、米麹、塩を材料に長時間漬け込み、乳酸発酵させて作る郷土料理で、「なれ寿司(熟れ寿司、馴れ寿司)」の一種です。

普段、私たちの身近にあるお寿司といえば、「握り寿司」「巻き寿司」「ちらし寿司」「いなり寿司」など、酢を使って短時間で作ることができるお寿司。発酵への興味が強い私たちですら、日常的には「なれ寿司」を目にすることがありません。

そんななか、郡上の発酵をリサーチしている時に、地元情報から「にしん寿司」があると知り、瞬時に食いつく我が夫婦。「家庭料理だし、あくまでお正月の料理だから食べるのは難しいかも」と地元の方が申し訳なさそうにおっしゃっていたけれど、「道の駅清流の里しろとり」にある「そば工房源助さん」で食べることができるという情報を発見し、訪ねました。

「そば工房源助さん」で、貴重な「にしん寿司」の仕込み現場を見学!

「そば工房源助さん」で、
貴重な「にしん寿司」の
仕込み現場を見学!

保存食 にしんずし01

私たちが「そば工房源助さん」を訪ねた日は、まさに正月を目前にした12月23日。地元の方につないでいただき、特別ににしん寿司の「仕込み」を見せていただけることになりました。

「そば工房源助さん」がある「道の駅清流の里しろとり」は、白鳥西I.Cから車で5分というアクセスの良い場所に位置し、観光案内所、休憩所、食事処、お土産売り場が併設された、白鳥の魅力が詰まった拠点です。
「そば工房源助さん」でも、白鳥で採れた蕎麦を使った挽きたて、打ちたて、茹でたての蕎麦を食べることができたり、予約をすればそば打ち体験をすることができます。

保存食 にしんずし02

そして、冬限定で味わうことができるのが、今回のお目当て「にしん寿司」。店内に入ると、元気いっぱいなお母さんたちがニコニコと迎え入れてくれました。挨拶をするや否や、「仕込みを見たいんだっけ?じゃ、早速仕込むわよ」と、てきぱきと仕込みが行われていきました。なんて気持ちの良いお母さんたち。

保存食 にしんずし03

「あらかじめやっておいた下準備は2つ。大根と人参を塩漬けしておくことと、にしんを麹漬けにしておくこと。これが2日間塩漬けにした大根と人参。人参が入ることで美味しそうな見た目になるでしょ。それに紅白で縁起がいい」

保存食 にしんずし04

「2日間塩漬けにしたら水分が出てくるから、ざるに上げて水分を切ります。水が入ると酸っぱくなるからしっかりね」

保存食 にしんずし05

「そして、大根と人参を漬けている間に、にしんを麹に漬けておくの。麹漬けの手順としては、にしんはカチカチに乾燥しているから一晩米糠が入った水につけておいて、ふやけたら水から取り出して刻む。そして、硬めに炊いた白米を60度くらいまで冷まして米麹と混ぜ、続いて刻んだにしんも入れて混ぜ、一晩冷蔵庫で寝かす。そうすると生臭さが消えるのよ」

「ちなみに、このやり方は私独自のやり方よ。にしんを麹漬けにせずに、塩漬けした大根と人参に、刻んだにしんと蒸米と麹を直接入れる方が多いはず。私の家もそのやり方だった。でも、何度かやっていくうちに、予め漬けておいたほうが生臭さを取ることができるのがわかって、今のやり方になったの」
伝統あるやり方を進化させる勇気と前向きさに一段と惹かれました。なお、麹もお母さんたちが作っているそう。手間ひまかけて、作られているんですね。

「そして、麹漬けにしたにしんを一晩冷蔵庫で寝かしたら、水切りした大根と人参の塩漬けに入れて混ぜる」。

保存食 にしんずし06

「混ぜたら重石を置いて4日ほど寝かしたらできあがり。昔は20日くらい漬けていたけれど、あらかじめにしんを漬けておくので早い。あと、好みによって違う。漬ける日数が短い方が甘く、長くなるにつれて酸っぱくなる。私は4日くらいの甘いのが好きだけれど、長く漬けた酸っぱいのが好きな人もいるよ」。

保存食 にしんずし07

なお、食べるときの見た目は、これが取り分けされた状態です。米も麹もついたまま、大根も人参もにしんも食べるそう。酢で作るお寿司は、具と酢飯が分かれていることが多いのでこの見た目も新鮮で好奇心がかき立てられます。

さて、なぜ「にしん」なのでしょうか? 当然ながらここ郡上の山奥では、海の魚のにしんを捕ることはできません。このことを、別の地元のお母さんに教えてもらいました。
「海から遠く、道も悪い。さらに冬は雪が積もるから物が入りにくく、自給自足に近い生活を送ってたのよ。ましてや、鮮魚などを手に入れることは不可能。そんな中、日常的に料理に使ってきた魚が『身欠き鰊(ミガキにしん)』というにしんの干物。昔はにしんが大量にとれ、田畑の肥やしにするほど安かったので、大切なタンパク質源として一年中食べていたの。そのにしんを、正月用のごちそうにしたのが、にしん寿司。まぁ、今ではいろんなものが手に入りやすくなったから、仕込む家はぐんと減ったわ。長期保存ができるならまだしも、味もすぐに変わるのでなおさら」。
にしん寿司に込められた、この土地の地形や歴史、そして、正月を祝いたいという地元の方の想いを聞くと、心が熱くなりました。

「そば工房源助さん」では、このような想いがこもったにしん寿司を、冬季限定にてお店で提供しているほか、持ち帰り用もご用意しているそうです。しかし、「そば工房源助さん」に行けば、いつでも食べることができるかというと、そうでもないのです。実は筆者も、仕込み後2度チャレンジしたのですが、あいにく両日品切れでした……。地元でも大変人気のようですね!
でも、だからこそ、楽しみがどんどん膨らんでいきます。うーん、次の冬こそは食べてみたい!
この記事を読んで興味を持ってくださったみなさんが、冬の白鳥で、にしん寿司に出会えることを願っています!

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miyamoto

自然の恵みに謙虚に向き合う「農家&麹屋」の夫と、伝えることを追求する「醤油ソムリエール&デザイナー」の嫁が、地に根ざした日本の「食文化」を100年後の未来に繋げるべく結成したユニット。発酵食を裏で支える農業・水産業・林業にも寄り添いながら日本の食の底上げを計る。

夫:宮本貴史

2016年に麹業界に新規参入した「麹ベンチャー」。無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。年間1000人以上の人を対象に「味噌・醤油仕込みの会」も開催。

嫁:黒島(宮本)慶子

醤油、オリーブオイルソムリエ&デザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、デザイン、執筆、レシピ作りなどを通じて、人やコトを結びつけ続けている。玄光社から『醤油本』を出版。

Photographs by miyamoto