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クラフトジン

「かっこいい場所を紹介したい」と、夫が郡上の友人に連れられて訪れたのは「アルケミエ辰巳蒸留所」。

2017年に当時30歳の辰巳祥平さんがたった一人で立ち上げ、今も1人でジンやアブサンなどのスピリッツを蒸留しています。

「辰巳君の見識深さ、造るお酒、場所、全てが魅力的」と、尊敬の眼差しで話す夫と共に、現場で貴重なお話を伺ってきました。

郡上のボタニカルの香りと味わいを、妖麗に醸し出す蒸留所

郡上のボタニカルの香りと味わいを、
妖麗に醸し出す蒸留所

アルケミエ辰巳蒸溜所01

まず始めに案内されたのは蒸留所がある犬啼谷。ゴウゴウと流れゆく犬啼川はまるで滝のように力強く流れ、大地の生命力を物語っていました。

「古い地質(2億5000万年前)から湧き出した水と郡上の気候風土で育つ様々なボタニカル(植物)は、スピリッツ造りに適した場所だと直感し、29歳の時に郡上に移住してきました」。辰巳さんのお酒造りは郡上の良質で豊かな水と植物から始まる。

アルケミエ辰巳蒸溜所02

「郡上八幡の南側に広がる古い地質は主に石灰岩と玄武岩。そのため鍾乳洞が多く点在し、犬啼谷の水も鍾乳洞が水源地です。ミネラルが多く中硬水になるので、お酒は口当たりの柔らかさもありつつ、しっかりとした骨格のある酒質になります。実はアメリカのケンタッキー州も同じ年代の地質(石灰岩)であり、バーボン造りに使われる仕込み水『ライムストーンウォーター』と犬啼谷の水は類似しています」。

アルケミエ辰巳蒸溜所03

3月は和良町のワサビ、4月は高鷲町の蕗の花、8月は明宝のブラックベリーやニガヨモギ、10月は八幡の金木犀、11月は犬啼谷の柚子、1年を通して郡上にある旬のボタニカルを蒸留。

「郡上には多様なボタニカルがあることがこの土地の魅力です。自ら収穫に行くこともありますよ」と、辰巳さん。まさに季節や自然の恵みが、タイムカプセルのように詰め込まれたお酒です。

現在、地元のボタニカルを蒸留したスピリッツは郡上八幡の酒屋で販売。日本各地で収穫されたボタニカルのスピリッツは全国の酒屋へ出荷されています。

辰巳蒸留所ならではの味わいは
どのように生まれるのか。

アルケミエ辰巳蒸溜所04

犬啼谷から戻り、蒸留所の中へ。まず目に飛び込んできたのは、いまだかつて見たことがないこの道具。
「これは『兜釜(かぶとがま)蒸留器』と言います。この中に焼酎とボタニカルを入れて蒸留します。もともと東南アジアが本場で地酒の蒸留に使用されていました。現在、日本では私が修業していた大石酒造を含め酒造会社7、8社が限定品にこの蒸留器を使っていますが、スピリッツの蒸留所では恐らく僕だけです」。

ちなみに他のスピリッツ蒸留所で使用されるのはヨーロッパ由来の蒸留器。
「ヨーロッパの蒸留器は元々香水を作る目的で進化してきたので、素材の香りを純粋に蒸留することが重視されていますが、兜釜蒸留器はもともと東南アジアで穀物を蒸していた道具が蒸留器へと応用されたと考えられます。それは台所で生まれた蒸留器。きっと香りを嗅ぐことよりも食べることに密接で、私はこのアジアにおける蒸留器の進化に魅力を感じています。なによりこの蒸留器から創ったスピリッツは、味わいが芳醇で余韻も優しいですよ」。

それを聞いた夫が「辰巳君って、『ジン』や『アブサン』というヨーロッパを想わせるお酒を造っているけれど、製造背景がアジア。もっと言うと日本だよね。日本の蒸留酒である『焼酎』を使うところも、『蒸す』道具を使うところも。しかもこれまで僕たちが何度も口にしていた郡上の水を使っているし、身近な植物も使っている。親しみが湧いてきたよ」と嬉しそうに話しました。

辰巳さん自ら造りもお酒もアテンドしてくれる、幻の直営店「酒屋あぶしん」

こうしてできたスピリッツを、蒸留所に併設されている「酒屋あぶしん」で楽しませてもらいました。

なお、本業のスピリッツ造りに時間を割り当てているので、「酒屋あぶしん」は、滅多に開店していません。Facebook「酒屋あぶしん」に開店日が書いてありますが、執筆した2020年8月中旬段階では、2020年は2月2日以降開店していません(新型コロナウイルスの影響もあります)。

アルケミエ辰巳蒸溜所05

まずはジン。「ワサビ」は新緑のような爽やかさ香りがするかと思いきや、香りではなく、口の中をワサビの辛味がじんわりと刺激します。絶妙な心地よい刺激がクセになる。続いていただいた「金木犀」のジンのふくよかで繊細な甘い香りに驚き。小さな花が奏でる風味にうっとりしました。「人気のジンです。酒屋に入荷すると、待ちわびている人が噂を聞きつけて酒屋に行き、すぐに売り切れます」と辰巳さん。

アルケミエ辰巳蒸溜所06

つぎに、アブサンも。「薄荷(ハッカ)」は、北海道滝上町で栽培された希少な在来品種「赤丸」を用いたもの。柔らかい甘味とドライでマットな落ち着きある清涼感に惚れぼれ。「蕗の花」は、深い落ち着きある春の花の香りが安らぎを与え、ほろ苦い味わいが品のある大人の時間を醸し出しています。

アルケミエ辰巳蒸溜所07

それにしても、「アブサン」って馴染みがないような…。と思っていたら「アブサンを造るところは、全国で現在5社しかないですしね」と聞いて驚き。たった5社!なお、「アブサン」はフランス、スイス、チェコ、スペインを中心にヨーロッパ各国で造られてきた薬草系リキュールの一種。ニガヨモギなどの複数のハーブ、スパイスの風味が使われ、水を加えると淡い緑色を帯びた幻想的な白濁した色合いに変わるお酒です。かつてはオランダの画家「ゴッホ」や、フランスの画家「ロートレック」、フランスの詩人「ポール・ヴェルレーヌ」も中毒になるほど愛したお酒。中毒になる人が増え、発祥地「スイス」では1915年〜1988年に販売中止になったこともありました。

この後も、辰巳蒸留所のいろんなジンやアブサンを堪能した夫が感慨深い表情で唸りました。
「いやぁ、聞けばきくほど、味わえばあじわうほど、辰巳君が郡上をスピリッツの銘醸地と見定めた意義の重要さを感じるよ。地元の人にとっては郡上の水も植物も当たり前で気づきにくいから、外から誰かが気付く必要があって、運よく見出してくれたのが『オタク』という言葉を超えた研究者の辰巳君。だから高品質かつ文化的なスピリッツに仕上がったんだよね。この出会いが最高だよ」。

アルケミエ辰巳蒸溜所08

「酒屋あぶしん」の開店日は滅多にないうえに、地元の酒屋でも入荷直後に完売することが多い。そこで、郡上で辰巳蒸留所のスピリッツを楽しみたい人は、郡上八幡の中心地で営む「糸」に行くのがおすすめと聞き、早速そちらも訪ねることにしました。

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アルケミエ辰巳蒸溜所02 アルケミエ辰巳蒸溜所04 アルケミエ辰巳蒸溜所06 アルケミエ辰巳蒸溜所08

辰巳蒸留所の想いも紡ぐ、
癒しのカフェ「糸CAFE」へ

辰巳蒸留所の想いも紡ぐ、
癒しのカフェ「糸CAFE」へ

アルケミエ辰巳蒸溜所09
アルケミエ辰巳蒸溜所10

いろんなご縁を紡ぎながら、郡上の人、物、文化を伝えることをコンセプトにしたカフェ「糸CAFE」。郡上八幡の街中にあり、開店日は朝から夕方(金曜のみ夜)まで、地元の人や観光客で賑わう人気のお店です。中に入ると、そよ風のように心地よい時間が流れていて、カウンターの奥から店主の上村彩果さんが穏やかな笑顔で迎えてくれました。

アルケミエ辰巳蒸溜所11

カウンターの周りには、辰巳蒸留所のスピリッツが並んでいます(左5種類)。
ボトルがおしゃれなので、インテリアとしても素敵!

郡上で、辰巳蒸留所のスピリッツを楽しむなら「糸CAFE」だと聞いて来たことを告げると、「そうなんです。郡上で辰巳蒸留所のスピリッツを楽しもうと思っている人は多いと思うのですが、なかなか買えないし、飲食店で種類を取り揃えているところは少ないと思います。ここはカフェなのでお酒を飲む雰囲気ではないかもしれないし、申し訳ないことに夜営業は金曜日だけですが、通りすがりの辰巳さんファンが、『あ!ある!』と見つけて立ち寄ってくださったり、地元の人からの紹介で来て、楽しんでくれたりしています」と彩果さん。

アルケミエ辰巳蒸溜所12

糸CAFEでは、辰巳蒸留所の四季折々のジンやアブサンを合わせて4、5種類揃えており、ジンは1,000円。アブサンは1,500円。いずれもおつまみ付きです。ロック、トニックウォーター割、ソーダ割で楽しむことができ、トニックウォーターで割る場合はプラス500円。彩果さんのお勧めは、スピリッツそのものの風味が活きるロックかソーダ割。

「糸CAFEでは、地元のつくり手さんとの顔が見える関係を大事にしているので、季節ごとの地元のボタニカルを大切に蒸留している辰巳さんの姿勢に共感しています。ブラックベリーやイチゴなど、同じ農家さんのものを使っていたりするんですよ」と、あたたかい口調で話してくれました。

実は、私は郡上に来る度に何度も糸CAFEに立ち寄ってランチやドリンクをいただいています。
出てくるもの全てが丁寧に手掛けられており、どれも美味しい。糸CAFEで心身が癒され、パワーチャージできるおかげで、その後の旅を存分に楽しむことができます。皆さんも、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。

アルケミエ辰巳蒸溜所09 アルケミエ辰巳蒸溜所11
アルケミエ辰巳蒸溜所10 アルケミエ辰巳蒸溜所12
miyamotoプロフィール画像

miyamoto

自然の恵みに謙虚に向き合う「農家&麹屋」の夫と、伝えることを追求する「醤油ソムリエール&デザイナー」の嫁が、地に根ざした日本の「食文化」を100年後の未来に繋げるべく結成したユニット。発酵食を裏で支える農業・水産業・林業にも寄り添いながら日本の食の底上げを計る。

夫:宮本貴史

2016年に麹業界に新規参入した「麹ベンチャー」。無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。年間1000人以上の人を対象に「味噌・醤油仕込みの会」も開催。

嫁:黒島(宮本)慶子

醤油、オリーブオイルソムリエ&デザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、デザイン、執筆、レシピ作りなどを通じて、人やコトを結びつけ続けている。玄光社から『醤油本』を出版。

Photographs by miyamoto