日本語
クラフトビール

夏の郡上八幡で発酵めぐり。

汗を流しながら郡上八幡の街中を歩いていると、目に飛び込んできた文字が「郡上八幡麦酒こぼこぼ」。

暑い!こんな時に飲むビールは最高だ!クラフトビールとなればなお惹かれる。

うーん、やっぱり飲みたい!と、口にしてびっくり。やわらかくて穏やか。スルスルと喉を通り、スッと体に溶け込んでいく。こんな優しいビール初めて、美味しい!

そうして郡上八幡の街中で出会ったクラフトビール「こぼこぼ」に心惹かれ、この癒しのビールを造る松本徹哉さんに、お話を伺いました。

郡上八幡の地ビール「こぼこぼ」は、
醸造責任者が自作のビールを自ら提供する
ブリューパブで飲むのが最も美味しい!

郡上八幡の地ビール「こぼこぼ」は、
醸造責任者が自作のビールを
自ら提供するブリューパブで
飲むのが最も美味しい!

郡上のクラフトビール02

郡上八幡のクラフトビール「こぼこぼ」は、郡上八幡の街中で醸造されています。それもこのような風情ある町家「玄麟」の一角で、というので更に興味がわいてきます。建物に一歩踏み入ると、別世界につながりそうな細い路地。

郡上のクラフトビール03
郡上のクラフトビール04

通路を進むと、地下が醸造所。その真上がブリューパブになっており、店舗の前にある中庭でビールを楽しむことができます。

郡上のクラフトビール05

せっかくならと今回は6種の飲み比べセットを頼みました!
(多いかなと思いつつ、興味の方が上回る)

写真の右から順に、1番目は「白川茶エール」。穏やかで柔らか。アルコール度数も約3%と低く、後口に緑茶のような風味が優しく広がり、冷たいお茶のようにスッと喉を通っていきます。

2番目は「クリームエール」。おお、こちらはトロピカル。深めに煮出した麦茶のような苦味もあり、そのバランスが絶妙。そしてやっぱりやわらかで穏やかな味わいです。

3番目は「ペールエール」。こちらはホップが効いている。さらにオレンジや文旦、グレープフルーツのような香りと苦味が広がり、暑い夏の疲れを吹き飛ばしてくれます。

4番目は「ウイートエール」。大麦と小麦を用いているからか、マンゴーのような香りと甘味と酸味が広がり、やわらかい苦味が味わいをまとめあげます。

5番目は「ブラウンエール」。焙煎した麦の風味が、落ち着きある深い香りと味わいを醸し出し、ホップのほろ苦さが風味を引き締めます。夜の夕涼みに飲みたい味。

6番目は「ポーター」という黒ビール。5番目のビールよりもさらに落ち着いた深い香りと味わいがあり、コクも感じますが、後口はすっきり。黒ビールは少量しか飲めない私だけれど、これは飲みやすい。

…いやぁ、全部美味しいっ!!何より、全体的にやわらかくて穏やかという共通点があるのがおもしろい。
実は私は、ど素人ながら日本地ビール協会が認定するビアテイスターの資格を取得したこともあるくらいビールが大好き。仲間と一緒に勉強会をしたり、いろんなブルワリーに勉強しに行ったりし、いろんなビールを味わってきましたが、「優しさ」とか「穏やかさ」という「感情」を感じるビールは初めて。想いがはっきりしている印象を強く感じ、惹かれました。

郡上のクラフトビール06

そして製造責任者であり、ブリューパブ店主でもある松本徹哉さんに話を伺うと、興味深い話が次々と。

特に印象に残ったのは、このお話。
「ビールは炭酸ガスが溶け込んだ発泡性飲料なので、移動時の振動による内圧変化がストレスとなり品質が劣化すると言われています。『ビールには旅をさせちゃいけない』がビール業界では鉄則で、ヨーロッパでは『造ったところで飲むのが一番美味しい』が当たり前にされています。こぼこぼのビールもここで飲むのが一番美味しいから、醸造所もブリューパブも運営しています。それにうちに来る最も多いお客様は『ビール好き』で、東京で飲んで美味しかったから、本来の味を知りたくて来ることが多いです。うちは、地下にある発酵・熟成用樽から直に汲み上げているので、振動をほとんど受けていないビールを提供することができています」。

『ビールには旅をさせちゃいけない』。だから、人が旅してビールを飲みにいくのか!他の醸造調味料やアルコール飲料にはないビール業界の姿勢と、ビールを飲むために旅に出るという、ビール愛好者の粋な姿勢に、眼から鱗が落ちました。

実は、松本さんは一人で醸造所とパブの両方を運営しています。大変でしょうが、これは「ビールを美味しく飲んでもらいたい」という、松本さんの強い気持ちの現れに違いないと感じました。

郡上のクラフトビール01 郡上のクラフトビール05 郡上のクラフトビール04
郡上のクラフトビール02 郡上のクラフトビール03 郡上のクラフトビール06

郡上八幡の水が、ビール好きな地質学者の目に止まって生まれたビール

郡上八幡の水が、ビール好きな
地質学者の目に止まって生まれたビール

この優しい味わいの秘訣は他にもあり、「郡上八幡の水質が希少な中硬水であり、かつ清らかな湧き水であること。そして、小規模だからこそ実現できる贅沢な製造工程あってこそ」と松本さん。実は松本さんは「こぼこぼ」を立ち上げる前の20年間、地質を調べる仕事をしており、大学時代も早稲田大学で地質を学んでいました。

郡上のクラフトビール07

「地質を知ることは、水質を見ること。大学時代から日本各地の水質を見て来た経験からしても、郡上の中硬水はビール造りに最適です。まだサラリーマンだったある日、大学で一緒に地質を学び、今は水の専門会社に努めている友人にビール造りのビジョンを話すと、間髪入れずに『ビールに使う水なら郡上八幡じゃない?』と勧めてきました。それならと郡上八幡に来たら、川の水がゴウゴウと力強く流れていて圧倒されました。そして飲んでみたらすごく美味しく、水の力を強く感じたのです」。と、力強い口調で松本さんが話してくれました。

「いい山があって水があって、そして水と共存している郡上八幡の人たちの姿が印象的で、ここでビールを造ると決めました。郡上に住み始めて丸7年経った今でも、やっぱり郡上八幡の水は最高に良いと実感しています」。

郡上のクラフトビール08

郡上八幡には鍾乳洞を形成する石灰岩が何箇所かに分布しています。八幡中心街の水道水源は小さな鍾乳洞と言える洞窟からの湧き水であり、水道から「ミネラルウォーター」が出てくると言っても良いくらい、石灰岩から溶け出したカルシウムの多い水です。店舗敷地内にある井戸では南方の大滝鍾乳洞付近の石灰岩の影響を受けた地下水が出ていると考えられますが、洞窟の湧き水である水道水のほうが倍近いカルシウムを含んでいます。なお、日本の多くの河川水や地下水には、カルシウムやマグネシウムのようなミネラル分はほとんど入っておらず、これだけカルシウムが多い水道水は日本ではかなり希少。

「日本でビールを造る場合は、使用する水のミネラル分が極端に少ない軟水のため硬度をあげる水質調整をすることが多いけれど、ここでは一切していません。ただ、数字よりも大切なのは水自体の無垢なおいしさと、ビールに仕上がった時の雑味の無さ。幸い造ってみると理想のビールに仕上がりました」。

ここに書いた水の話は、聞いた話のほんの一部。私はこれまでに17年以上かけて250箇所以上の発酵・醸造・蒸留所を巡ってきたけれど、これほど水の話を聞いたのは初めてです。そしてこんなに水を探求して生み出された発酵・醸造・蒸留物も他に知りません。これは松本さんが地質学者だからであり、水の影響を受けやすいビールを手掛けたからこそ。希有な出会いが嬉しいです。

郡上のクラフトビール09

そして、柔らかくて穏やかである、もう一つの秘訣は「長期低温熟成」。「発酵が終わったらタンクごと冷蔵室に入れます。発酵を終え、大量の酵母が沈殿した状態のまま3週間程度低温で熟成させるとビールがまろやかになるんです。発酵では、人が心地よく感じる成分も不快に感じる成分も、どうしても両方生まれてきます。低温熟成では発酵で生まれた様々な成分を馴染ませ、生まれた炭酸ガスにも丸みを持たせることができます。このような低温熟成で生まれる美味しさは、時間をかけることでしか実現しません」。

普通ビールは、発酵タンクから熟成タンクに移し替えて熟成させます。ビールが発酵タンクに入ったままの状態で熟成させられるのは、小規模だからできることです。

それにしても、なぜ地質の仕事を辞めて、ビール造りに?
「学生の時からお酒が好きで、最初は地酒を楽しんでいました。就職したころに第一次地ビールブームが到来。デパートでも海外のビールをたくさん取り扱っていて、イギリスやベルギーのビールを飲んだときに『こんなに美味しいビールがあるのか』と強い衝撃を受けました。規制緩和され、小規模でもビールが造れるようになった頃でもあったので、こんなビールを自分でも造れたらいいなと思うようになりました」。

そんな松本さんが目指したのは、やわらかくて穏やかな松本さん好みのビール。
「イメージ通りにできたと実感しています」と笑顔で話してくれました。

そんな松本さんが手掛けたビールは、日本地ビール協会が行う「ジャパン・グレートビア・アワーズ」でも受賞されており、2019年には「セッションIPA」が銀賞受賞。「ビターエール」が銀賞受賞。「ペールエール」が銅賞受賞。2020年には「ペールエール」が金賞受賞。「クリームエール」が銅賞受賞しています。熱狂的ファンの皆様のおかげで、こぼこぼの知名度は全国区でジリジリと上がり、『優しさを感じる唯一無二のクラフトビール』と評されています。私と同じ印象を全国のビール好きの皆様も感じていたんだ!

郡上のクラフトビール10

それに、私個人の印象として、この優しさを感じるビールの秘訣はもうひとつある気がしています。それは松本さんの穏やかで優しいお人柄。話口調にも落ち着きがあり、誠実さが溢れていました。そんな優しさを感じるビールを、最も美味しく楽しめる「郡上八幡麦酒こぼこぼ」で、ぜひお楽しみください!

2020年8月現在、郡上市内での取扱い販売店は、「道の駅 古今伝授の里 やまと」、道の駅明宝「磨墨の里公園物産館」、「酒のはたなか」、「服部酒店」。
飲める飲食店は、長良川鉄道「郡上八幡駅」駅舎カフェ、「団子屋郡上八幡」、「コロンバッチョ」、「喜代竹」、焼肉「わかば」、「炭火焼き玄麟」、「ビアバルaoba」、「カフェ&マルシェみきまま」、「糸カフェ」、郡上八幡旧庁舎記念館「旧庁舎食堂(軽食・喫茶コーナー)」です。
郡上市内を旅しながら、行く先々でビールを楽しむというのもいいですね。

郡上のクラフトビール07 郡上のクラフトビール09
郡上のクラフトビール08 郡上のクラフトビール10
miyamotoプロフィール画像

miyamoto

自然の恵みに謙虚に向き合う「農家&麹屋」の夫と、伝えることを追求する「醤油ソムリエール&デザイナー」の嫁が、地に根ざした日本の「食文化」を100年後の未来に繋げるべく結成したユニット。発酵食を裏で支える農業・水産業・林業にも寄り添いながら日本の食の底上げを計る。

夫:宮本貴史

2016年に麹業界に新規参入した「麹ベンチャー」。無農薬・無化学肥料で大豆や米を育てて味噌仕込みをするうちに、発酵の世界に魅せられ、愛知県西尾市西幡豆町で麹屋を営み始める。年間1000人以上の人を対象に「味噌・醤油仕込みの会」も開催。

嫁:黒島(宮本)慶子

醤油、オリーブオイルソムリエ&デザイナー。小豆島の醤油の町に生まれ、蔵人たちと共に育つ。小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、デザイン、執筆、レシピ作りなどを通じて、人やコトを結びつけ続けている。玄光社から『醤油本』を出版。

Photographs by miyamoto