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そば

蕎麦正まついざるかおろしの二択にシビれる

向かった先は「蕎麦正 まつい」。開業は2009年9月17日で、岐阜県・犬山にも姉妹店があります。この本店を任されているのは2代目・松井貴史さん。「父は元々、サラリーマンで、いわゆる脱サラで蕎麦の魅力に引き込まれてこの店を開いたんです」と教えてくれました。修業先の高山市「蕎麦正」の屋号を使うことを許され、そこに自身の名を加えたそう。ファサードはモダンな面持ち。エントランス部分は天井が高くなっていて、自ずと気持ちが高揚します。店内はテーブル席のみ。席の間はゆったり設けてありました。

何を食べるべきか。蕎麦には「蕎麦前」という蕎麦を食べる前に、ちょろりと酒で口を湿らせ、酒肴をつまむ粋な文化があります。一方で蕎麦屋はあくまで蕎麦を食べる店とし、蕎麦だけを提供する店も存在します。「まつい」は完全なる後者。しかも、蕎麦の品書きは「ざる」「おろし」のみという徹底ぶりです。メニューには天ぷらの盛り合わせもありましたが、だからといって“天ざる”とは謳わない。こういうのをさらっとやられると、シビれるんですよね。心意気がすでに美味い。

ここでは迷わず辛味大根で味わう「おろし」(1000円・税別)を選びました。ワサビって元々は辛味大根の代用品だったんです。江戸時代の資料「蕎麦全書」には蕎麦の薬味には大根おろしのしぼり汁が最適で、辛い大根がない場合にはワサビを代用すると記されています。こんな真っ向勝負の蕎麦店が「おろし」をその選択肢として用意してくれているなら、こちらは乗っかるのみです。

蕎麦は修業元「蕎麦正」から仕入れる蕎麦粉を使用。その蕎麦粉は黒殻ごと挽いたいわゆる挽きぐるみです。蕎麦の風味を引き立たせつつ、口当たりを追求していると聞きましたが、まさにその狙い通りの味わい。しっかり噛み応えがあり、「ああ、蕎麦を今、食べている!」というライブ感が口の中で躍動します。そして辛味大根がこの蕎麦の味をすっきりと引き立てます。ワサビだと清涼感を伴う刺激になりますが、辛味大根の場合はキリッとした辛みなので、毎回、口の中がリセットされ、一口目の感動が蘇るようです。

「犬山の支店の蕎麦を打つ際にも、汲んでいった郡上八幡の水を使っているんですよ」という松井さん。水を大切にした蕎麦の本気をしかと体験させてもらいました。

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ここでは迷わず辛味大根で味わう「おろし」(1000円・税別)を選びました。ワサビって元々は辛味大根の代用品だったんです。江戸時代の資料「蕎麦全書」には蕎麦の薬味には大根おろしのしぼり汁が最適で、辛い大根がない場合にはワサビを代用すると記されています。こんな真っ向勝負の蕎麦店が「おろし」をその選択肢として用意してくれているなら、こちらは乗っかるのみです。

蕎麦は修業元「蕎麦正」から仕入れる蕎麦粉を使用。その蕎麦粉は黒殻ごと挽いたいわゆる挽きぐるみです。蕎麦の風味を引き立たせつつ、口当たりを追求していると聞きましたが、まさにその狙い通りの味わい。しっかり噛み応えがあり、「ああ、蕎麦を今、食べている!」というライブ感が口の中で躍動します。そして辛味大根がこの蕎麦の味をすっきりと引き立てます。ワサビだと清涼感を伴う刺激になりますが、辛味大根の場合はキリッとした辛みなので、毎回、口の中がリセットされ、一口目の感動が蘇るようです。

「犬山の支店の蕎麦を打つ際にも、汲んでいった郡上八幡の水を使っているんですよ」という松井さん。水を大切にした蕎麦の本気をしかと体験させてもらいました。

そば

そばの平甚静かに、確実に進化する老舗の姿

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次に立ち寄った蕎麦の店が「そばの平甚(ひらじん)」。昭和初期に開業し、その歴史はおよそ90年という老舗です。現在3代目・大畑光司さんが店を切り盛りしています。「初代は商売人でした。その中で食堂を営むようになり、先代の時代に蕎麦一本に絞ったんです」。蕎麦を調理しながら、大畑さんはそう教えてくれました。

なぜ蕎麦だったんだろう。気になったので尋ねてみたところ、「郡上八幡という街は昔から観光地ですからね。もちろんこの街に暮らす人々にとっては日常の時間が流れていますが、せっかく遠くから来てくれた人に日常の味を楽しんでもらうよりも、郡上八幡らしい食べ物でもてなしたいという思いがあったみたいですよ。郡上八幡といえば水の街。それで蕎麦にピンときたんでしょうね」と笑顔を見せます。

奥の窓から横を流れる吉田川が望める絶好のロケーション。店内にはさりげなくイサム・ノグチ直筆の書がディスプレイされているなど、センスの良さが滲み出ていました。

郡上八幡らしい蕎麦と聞いてオーダーしたのが、郡上産の自然薯を使う「自然薯せいろ」(1300円・税別)です。その前に、この「平甚」では蕎麦前を。郡上八幡のお隣、大和町で酒を醸している「平野醸造」の代表作「母情」(500円・税別)を置いているので、飛騨牛を贅沢に使った「飛騨牛皿」(800円・税別)と一緒にいただきます。日本に知られるブランド牛だけあり、その味わいは豊か。この楽しみを知った人は、日本酒を頼まずにはいられなくなるでしょうね。

蕎麦は二八。用いる蕎麦粉は製粉会社に独自に配合をオーダーしたオリジナルです。大畑さんは「蕎麦に求めているのは心地よい食感です。蕎麦は口に入れただけでは香りが立ちません。噛みしめた瞬間、その香りが広がる食べ物です。だからこそ、いかに気持ちよく蕎麦を咀嚼してもらうかが勝負だと思っています」と言葉に力を込めます。

つゆのベースとなる出汁はカツオ節が主張。ムロアジやサバの削り節、シイタケ、昆布も使うことで、味わいに奥行きが出ていました。このつゆを自然薯に適量注ぎ、蕎麦をくぐらせます。しっかりと蕎麦に絡んで持ち上がる自然薯の野趣に富んだ濃密な味わいは、蕎麦の味をくっきりと浮かび上がらせているように感じました。自然薯自体が美味。これを少しだけ残しておいて頃合いで牛丼にかければ牛とろろ丼にもなるかと食いしん坊の想像力が刺激されました。

実は蕎麦は先代の頃には太打ちでしたが、風味と食感のバランスを踏まえ、今はご覧の通りの細さに。そして今や名物の自然薯もかつては冬場だけの味覚でしたが、現在は通年提供できるように企業努力しています。蕎麦前と一緒に食した飛騨牛の牛皿についても、蕎麦と一緒に楽しめる郡上八幡らしい食べ物はないかと大畑さんが頭をひねり、誕生した飛騨牛の牛丼からの副産物です。

先代の味を大切にしつつも、そこに固執しない。そこが「平甚」の強さ。変化を厭わない老舗のあり方はグッとこみ上げるものがあります。蕎麦の単品のほか、飛騨牛を使った牛丼とのセットもあり、様々なシチュエーションに対応しているのも嬉しい限りです。

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蕎麦は二八。用いる蕎麦粉は製粉会社に独自に配合をオーダーしたオリジナルです。大畑さんは「蕎麦に求めているのは心地よい食感です。蕎麦は口に入れただけでは香りが立ちません。噛みしめた瞬間、その香りが広がる食べ物です。だからこそ、いかに気持ちよく蕎麦を咀嚼してもらうかが勝負だと思っています」と言葉に力を込めます。

つゆのベースとなる出汁はカツオ節が主張。ムロアジやサバの削り節、シイタケ、昆布も使うことで、味わいに奥行きが出ていました。このつゆを自然薯に適量注ぎ、蕎麦をくぐらせます。しっかりと蕎麦に絡んで持ち上がる自然薯の野趣に富んだ濃密な味わいは、蕎麦の味をくっきりと浮かび上がらせているように感じました。自然薯自体が美味。これを少しだけ残しておいて頃合いで牛丼にかければ牛とろろ丼にもなるかと食いしん坊の想像力が刺激されました。

実は蕎麦は先代の頃には太打ちでしたが、風味と食感のバランスを踏まえ、今はご覧の通りの細さに。そして今や名物の自然薯もかつては冬場だけの味覚でしたが、現在は通年提供できるように企業努力しています。蕎麦前と一緒に食した飛騨牛の牛皿についても、蕎麦と一緒に楽しめる郡上八幡らしい食べ物はないかと大畑さんが頭をひねり、誕生した飛騨牛の牛丼からの副産物です。

先代の味を大切にしつつも、そこに固執しない。そこが「平甚」の強さ。変化を厭わない老舗のあり方はグッとこみ上げるものがあります。蕎麦の単品のほか、飛騨牛を使った牛丼とのセットもあり、様々なシチュエーションに対応しているのも嬉しい限りです。

山田祐一郎(KIJI ヌードルライター)

1978年生まれ。福岡県の製麺工房[宗像庵]の長男として生まれる。2003年よりライターとしてのキャリアをスタート。雑誌、ウェブマガジン、書籍などの原稿執筆に携わる。毎日新聞での麺コラム「つるつる道をゆく」をはじめ、連載多数。webマガジンその一杯が食べたくては1日最高13,000アクセスを記録したことも。著書「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡」。2017年スマホアプリ KIJI NOODLE SEARCHをリリース。未知なる麺との出会いを求め、近年では国内のみならず海外にも足を運ぶ。福岡県宗像市在住。2019年自身の経営する製麺所「山田製麺」をオープン。

Photographs by Yuichiro Yamada