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中華そば

松葉屋中華そばの味は、郡上八幡の味

蕎麦からうどん、そしてラーメンへ—— 郡上八幡で蕎麦を3杯食べたぼくは、「大和屋」で堪能した一杯の親子うどんの味わいによって、俄然、ソウルフードが気になり始めていました。アンテナを立ててみると、すぐに中華そばと焼きそばの名店があるという噂を手繰り寄せられました。

「松葉屋」は郡上八幡きっての老舗で、その創業は大正3年(1914)。開業したおよそ1世紀前は旅館業を営んでいました。「資料がちゃんと残っていませんが、食事をきちんと出す料理旅館だったみたいですね。その後、うどん店になりました」と教えてくれたのが4代目・前田悠さんです。旅館業から飲食業へと舵を切ったのが2代目。提供するうどんや蕎麦はどこかで修業を積んだわけではなく独学だったそうですが、その味が評判になり、現在まで続く老舗になりました。今もその製法を守り、うどんと蕎麦は自家製です。

早速、自慢のうどんを食べようかと思った時、目に飛び込んできたのが「中華そば」(650円・税込)と記された張り紙。その横には「天ぷら中華」(800円・税込)と謳われた張り紙もありました。「ラーメンもあるんですね」と驚くと、前田さんは「2代目の頃からメニューにあるんですよ」と言い、シャッシャッと麺を湯切りします。その手元を見ると、一般的な平ザルでもなく、テボでもない、珍しい形状のザルを使っていました。これを見事な手付きで上下させ、余計な湯が下へと落下。その所作に思わず見惚れてしまいました。

「天ぷら中華」は、この店の「中華そば」に海老天をトッピングした一品で、常連さんのリクエストによって誕生し、度々雑誌などのメディアでも取り上げられているようです。散々悩みましたが、やはりルーツを体験したいと「中華そば」を選びました。

運ばれてきた一杯は、ぼくが中華そばと聞いて連想する姿そのもの。奇をてらわない、王道の佇まいです。琥珀色のスープに中太くらいの麺という組み合わせに、チャーシュー、ネギ、海苔、かまぼこがトッピングされていて、なんとも言えない昭和感が漂っています。実にノスタルジック。辛いことがあった日に、この一杯をすっと差し出されたら泣き崩れてしまいそう。

スープを口に含んで、思わず刮目。昨今のラーメンとは一線を画す、脂っ気のない澄んだ味わい。そして口の中で膨らむカツオの旨味。これは“黄そば”ではないですか。補足すると、黄そばとは近畿地方で親しまれるうどんや蕎麦のつゆに中華麺を合わせた麺料理です。ぼくは福岡生まれ、福岡育ちなもので、この黄そばの存在を知ったのは20代後半でした。うどんや蕎麦のつゆにはうどんや蕎麦が合う。それは間違いない事実ですが、ところが中華麺を合わせると、しっかりと“ラーメン”になるんですから不思議なものです。一度、この組み合わせを知ってしまってからは、時折、無性に食べたくなる存在になりました。まさか、郡上八幡の地で出会えるなんて。

「少しだけ動物系の出汁も入っているので、厳密にいうと黄そばではないんですよ。でもカツオの風味が目一杯、前面に出ていますから、確かに黄そばテイストは強いですね」と笑顔で教えてくれた前田さん。続けて「中華そばは昔から一番人気なんですよ。これしか食べない常連さんもいます。ですから簡単に味が変えられません」とも言います。スープの味を決める醤油は地元の醤油メーカー「大黒屋」と2代目が共同開発した濃口を使用。中華麺も地元の製麺所に特注しています。ぼくがはふうと食べ終え、カツオの香りに包まれていると、前田さんは「地域に支えられている味なんです」と笑顔を見せてくれました。中華そばの味は、郡上八幡の味。天ぷら中華も食べてみたかったな。後ろ髪を引かれる思いは募るばかりです。

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運ばれてきた一杯は、ぼくが中華そばと聞いて連想する姿そのもの。奇をてらわない、王道の佇まいです。琥珀色のスープに中太くらいの麺という組み合わせに、チャーシュー、ネギ、海苔、かまぼこがトッピングされていて、なんとも言えない昭和感が漂っています。実にノスタルジック。辛いことがあった日に、この一杯をすっと差し出されたら泣き崩れてしまいそう。

スープを口に含んで、思わず刮目。昨今のラーメンとは一線を画す、脂っ気のない澄んだ味わい。そして口の中で膨らむカツオの旨味。これは“黄そば”ではないですか。補足すると、黄そばとは近畿地方で親しまれるうどんや蕎麦のつゆに中華麺を合わせた麺料理です。ぼくは福岡生まれ、福岡育ちなもので、この黄そばの存在を知ったのは20代後半でした。うどんや蕎麦のつゆにはうどんや蕎麦が合う。それは間違いない事実ですが、ところが中華麺を合わせると、しっかりと“ラーメン”になるんですから不思議なものです。一度、この組み合わせを知ってしまってからは、時折、無性に食べたくなる存在になりました。まさか、郡上八幡の地で出会えるなんて。

「少しだけ動物系の出汁も入っているので、厳密にいうと黄そばではないんですよ。でもカツオの風味が目一杯、前面に出ていますから、確かに黄そばテイストは強いですね」と笑顔で教えてくれた前田さん。続けて「中華そばは昔から一番人気なんですよ。これしか食べない常連さんもいます。ですから簡単に味が変えられません」とも言います。スープの味を決める醤油は地元の醤油メーカー「大黒屋」と2代目が共同開発した濃口を使用。中華麺も地元の製麺所に特注しています。ぼくがはふうと食べ終え、カツオの香りに包まれていると、前田さんは「地域に支えられている味なんです」と笑顔を見せてくれました。中華そばの味は、郡上八幡の味。天ぷら中華も食べてみたかったな。後ろ髪を引かれる思いは募るばかりです。

やきそば

かたぎりどこにでもある食材でどこにもない味を作り出す

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郡上八幡が誇るもう一つのソウルフードが「かたぎり」の焼きそばです。「ん、焼きそばって全国どこでも食べれるじゃないの」と思った方々。はい、確かにそうです。ただ、そうなんだけど、そうじゃないんだよなあという強い思いがあります。どう説明すれば良いのか悩みましたが、お母さんが握ってくれたおにぎり、でしょうか。おにぎりはある程度、誰にでも作れる食べ物だと思います。別に特別な料理ではありません。でも、お母さんが握ったおにぎりには特別な美味しさがありますよね。

郡上八幡の中心地から少し外れた場所に「かたぎり」は店を構えていました。店主・片桐さんによれば、創業は終戦直後だったそうです。「なんで焼きそばだったのか、はっきり理由は分からないんです。できることを何でもしなければ生きていけない時代でしたから」。こうして誕生したお好み焼きと焼きそばの店「かたぎり」は片桐さんと先代の2代にわたって郡上八幡で暮らす人々の舌を楽しませてきました。店内はカウンター5席とテーブルが2卓。こぢんまりとした造りで、鉄板で調理する音が間近に感じられます。

メニューはお好み焼きと焼きそばのみ。それぞれ野菜入りが基本で、大盛りや肉入り、玉子入りというアレンジができます。お好み焼きも焼きそばも基本の野菜入りが400円(税込)。衝撃的な安さです。そしてこの焼きそばをお客さんの大半がオーダーするとのこと。実際、ぼくが滞在している間に訪れた他のお客さんも全員が焼きそばでした。せっかくなので「焼きそば 肉入り」(450円・税込)を注文し、席に着きます。

結論から言うと「かたぎり」の焼きそばは別段、珍しい食材を使っているというわけではありません。「先代の味を忠実に守っているだけですよ。何も変えていないですね」と片桐さんは笑います。強いていうなら、地元の製麺所から仕入れるやや細めの蒸し麺が珍しいでしょうか。かんすいによる黄色みが立った面持ちで、ややウェーブがかっています。これは見るからにソースが絡みそうです。ちなみにソースも難しいブレンドなどはしていないそうで、野菜や肉も地元で手に入るものを使っています。これでソウルフードと呼ばれるような、長年愛される一品が生まれるんだろうか。聞けば聞くほど、疑惑の念が浮かんできます。

調理が始まると片桐さんの目の色が変わったように感じました。まず麺を炒めますが、ちょっと火を通し過ぎているんじゃないのか、というくらい、しっかりと鉄板の上で焼き上げます。そうこうしているうちに片桐さんは野菜と肉を炒めはじめました。その手つきは実に軽やかではありましたが、あまり触りすぎません。必要最小限の動きだと思えました。ソースをかけると、ふわりと店内に充満する香ばしい匂い。

そそる香りを伴って運ばれてきた焼きそばを、席に置かれるやすぐに頬張ってみると、自分でもわかるくらいに口角が上がりました。まず麺が香ばしい。ソースの味はもちろん、麺がところどころパリッとしているんです。正確にいうと、表面はパリッとしているんですが、麺の中心部分はもっちりとしているため、食感が立体的。ウェーブがかった形状が相乗効果になっています。豚肉とキャベツのみという具材も完璧です。常日頃から、ぼくは焼きそばには具材を入れすぎてはならないと主張しています。なぜなら、焼きそばの醍醐味は麺を豪快に頬張るあの感じだからです。その点で、この「かたぎり」の焼きそばは麺と具材とのバランスがパーフェクト。麺がどこまでも美味いんです。同伴者の「焼きそば 玉子入り」(450円・税込)もそそります。これに玉子のまろやかさが加わるのかと想像するだけで、目尻がどんどん下がっていく。

別段、珍しい食材を使っているというわけではないのに、脳裏に刻まれる味わいになっている。これぞ一朝一夕では真似できない熟練の技であり、安くて美味い究極のソウルフードだと痛感しました。ご高齢の片桐さん夫婦が営むお店なので、止む無く臨時休業することもあります。その際にはどうか「早く治りますように」と温かく見守ってください。やさしい気持ちが老舗の原動力です。

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結論から言うと「かたぎり」の焼きそばは別段、珍しい食材を使っているというわけではありません。「先代の味を忠実に守っているだけですよ。何も変えていないですね」と片桐さんは笑います。強いていうなら、地元の製麺所から仕入れるやや細めの蒸し麺が珍しいでしょうか。かんすいによる黄色みが立った面持ちで、ややウェーブがかっています。これは見るからにソースが絡みそうです。ちなみにソースも難しいブレンドなどはしていないそうで、野菜や肉も地元で手に入るものを使っています。これでソウルフードと呼ばれるような、長年愛される一品が生まれるんだろうか。聞けば聞くほど、疑惑の念が浮かんできます。

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調理が始まると片桐さんの目の色が変わったように感じました。まず麺を炒めますが、ちょっと火を通し過ぎているんじゃないのか、というくらい、しっかりと鉄板の上で焼き上げます。そうこうしているうちに片桐さんは野菜と肉を炒めはじめました。その手つきは実に軽やかではありましたが、あまり触りすぎません。必要最小限の動きだと思えました。ソースをかけると、ふわりと店内に充満する香ばしい匂い。

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そそる香りを伴って運ばれてきた焼きそばを、席に置かれるやすぐに頬張ってみると、自分でもわかるくらいに口角が上がりました。まず麺が香ばしい。ソースの味はもちろん、麺がところどころパリッとしているんです。正確にいうと、表面はパリッとしているんですが、麺の中心部分はもっちりとしているため、食感が立体的。ウェーブがかった形状が相乗効果になっています。豚肉とキャベツのみという具材も完璧です。常日頃から、ぼくは焼きそばには具材を入れすぎてはならないと主張しています。なぜなら、焼きそばの醍醐味は麺を豪快に頬張るあの感じだからです。その点で、この「かたぎり」の焼きそばは麺と具材とのバランスがパーフェクト。麺がどこまでも美味いんです。同伴者の「焼きそば 玉子入り」(450円・税込)もそそります。これに玉子のまろやかさが加わるのかと想像するだけで、目尻がどんどん下がっていく。

別段、珍しい食材を使っているというわけではないのに、脳裏に刻まれる味わいになっている。これぞ一朝一夕では真似できない熟練の技であり、安くて美味い究極のソウルフードだと痛感しました。ご高齢の片桐さん夫婦が営むお店なので、止む無く臨時休業することもあります。その際にはどうか「早く治りますように」と温かく見守ってください。やさしい気持ちが老舗の原動力です。

山田祐一郎(KIJI ヌードルライター)

1978年生まれ。福岡県の製麺工房[宗像庵]の長男として生まれる。2003年よりライターとしてのキャリアをスタート。雑誌、ウェブマガジン、書籍などの原稿執筆に携わる。毎日新聞での麺コラム「つるつる道をゆく」をはじめ、連載多数。webマガジンその一杯が食べたくては1日最高13,000アクセスを記録したことも。著書「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡」。2017年スマホアプリ KIJI NOODLE SEARCHをリリース。未知なる麺との出会いを求め、近年では国内のみならず海外にも足を運ぶ。福岡県宗像市在住。2019年自身の経営する製麺所「山田製麺」をオープン。

Photographs by Yuichiro Yamada