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そば

郡上産の自家製粉蕎麦に“ころ”が合う

郡上八幡には素敵な蕎麦文化が根付いていることを知り、さらに蕎麦の情報を求めたところ、なんと郡上産の蕎麦を仕入れて打っている店があるという。郡上八幡での3杯目の蕎麦は「俄(にわか)」で味わうことに決めました。

店主・原保元さんは生まれも育ちも郡上八幡。元々、この郡上八幡で居酒屋を営んでいました。そのうち、好きが高じて店で蕎麦を裏メニューで出すようになったそう。「蕎麦を打てば打つほど、その面白さに開眼してしまって、いつしか蕎麦の店を出そうと考えるようになりました」と、「俄」開業のきっかけを教えてくれました。

そんな折、原さんに思いがけない地蕎麦との出会いがありました。「それまでは仕入れた蕎麦粉で打っていましたが、もっと美味しい蕎麦を求め、自家製粉したいと考えるようになっていました。JAさんから地蕎麦が手に入ると案内してもらったので、すぐに導入を決めたんです」。

仕入れた郡上産の玄蕎麦を自店の電動石臼で粗さの異なる2種の蕎麦粉に挽き、粗挽き2に対して、細かく挽いた粉1をブレンド。これを二八蕎麦に仕上げます。蕎麦を打つ際の水は、地元の酒蔵で用いられている仕込み水を使うという徹底ぶりです。

まずは蕎麦そのものの味を楽しみたいと思い、ざる蕎麦を賞味。色目が淡く、上品な印象を受けますが、食べてみると、風味は見た目以上に力強く、咀嚼するほどに蕎麦の味が広がります。そして二八蕎麦ということで口当たりが良く、ほどよいコシも心地良し。つゆはカツオ節の風味がしっかりと立った、すっきりとした味わい。何よりもこの蕎麦に合っていました。

せっかくなのでもう少し、他の蕎麦も食べてみたいな。そう思ってメニューを眺めていると、「奥美濃古地鶏と合鴨のころそば」に惹かれました。福岡育ちのぼくにとって“ころ”は特別な存在。岐阜や愛知のほうではポピュラーな食べ方で、本来は“ころうどん”というようにうどんで親しまれてきたんだとか。本来は、ざるうどんの麺にやや浸るくらいのつゆをぶっかけうどんのように注いで提供するころうどん。それを「俄」では自家製粉の郡上産蕎麦で食べさせてくれるのだというんですから、好奇心のメーターが振り切れるというものです。

衝撃の味わいでした。冷たいつゆに浸った蕎麦はきりりとそのボディが引き締まっていて、ざるで食べた時とは一味違う、ほのかにコリッとした魅惑の食感を体感させてくれました。一方で、カツオ節と昆布の旨味を効かせたつゆには火を通して肉汁したたる状態に仕上げた古地鶏と合鴨の旨味エキスが溶け込んでいて、実にグラマラスな味わいです。

このつゆを纏うことで蕎麦そのものの味が損なわれるかというとそんなことはなく、脂っ気が添えられることで、蕎麦の風味がたくましく躍動しているように感じられました。脂が潤滑油となるのか、蕎麦の唇での滑走も勢い良く、レモンの酸味、ワサビの清涼感も共に駆け抜けていきます。最後まで潤った状態で蕎麦が満喫できるのもころのメリットです。蕎麦にもころなんだ。郡上八幡でかけがえのない蕎麦体験ができました。

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まずは蕎麦そのものの味を楽しみたいと思い、ざる蕎麦を賞味。色目が淡く、上品な印象を受けますが、食べてみると、風味は見た目以上に力強く、咀嚼するほどに蕎麦の味が広がります。そして二八蕎麦ということで口当たりが良く、ほどよいコシも心地良し。つゆはカツオ節の風味がしっかりと立った、すっきりとした味わい。何よりもこの蕎麦に合っていました。

せっかくなのでもう少し、他の蕎麦も食べてみたいな。そう思ってメニューを眺めていると、「奥美濃古地鶏と合鴨のころそば」に惹かれました。福岡育ちのぼくにとって“ころ”は特別な存在。岐阜や愛知のほうではポピュラーな食べ方で、本来は“ころうどん”というようにうどんで親しまれてきたんだとか。本来は、ざるうどんの麺にやや浸るくらいのつゆをぶっかけうどんのように注いで提供するころうどん。それを「俄」では自家製粉の郡上産蕎麦で食べさせてくれるのだというんですから、好奇心のメーターが振り切れるというものです。

衝撃の味わいでした。冷たいつゆに浸った蕎麦はきりりとそのボディが引き締まっていて、ざるで食べた時とは一味違う、ほのかにコリッとした魅惑の食感を体感させてくれました。一方で、カツオ節と昆布の旨味を効かせたつゆには火を通して肉汁したたる状態に仕上げた古地鶏と合鴨の旨味エキスが溶け込んでいて、実にグラマラスな味わいです。

このつゆを纏うことで蕎麦そのものの味が損なわれるかというとそんなことはなく、脂っ気が添えられることで、蕎麦の風味がたくましく躍動しているように感じられました。脂が潤滑油となるのか、蕎麦の唇での滑走も勢い良く、レモンの酸味、ワサビの清涼感も共に駆け抜けていきます。最後まで潤った状態で蕎麦が満喫できるのもころのメリットです。蕎麦にもころなんだ。郡上八幡でかけがえのない蕎麦体験ができました。

うどん

大和屋家族で営み、紡いでいく創業の味

※現在は閉店しております(2022年7月)

ヌードルライター 山田が行く!大和屋1
ヌードルライター 山田が行く!大和屋2

三者三様の蕎麦を堪能し、心はすっかり「郡上八幡の蕎麦、恐るべし」と満たされていましたが、心のどこかでもう少し食べておきたいなと思い、街を彷徨っていると、1日1麺をモットーにするぼくに訴えかけてくる暖簾に出会えました。白地に黒く豪快なタッチで「麺」と書かれています。見上げれば、同じ書体で木の看板にも「麺」の文字。その横に慎ましやかな大きさで「大和屋」と記されていました。ファサードには「ざるそば」「おろしそば」といったように蕎麦を推しているような張り紙。ここで郡上八幡での蕎麦収めをしよう。そう思い、暖簾をくぐりました。

時刻は15時。お昼のピーク終わった頃合いだったため、店内にはゆるりとした空気が流れていました。「いらっしゃい」と迎えてくれたのが、2代目・和田和美さん。御年85歳ですが、今でも現役で、元気に厨房に立っています。店は和田さんご夫婦と息子さんの3人で切り盛り。「うちはずーっと家族経営。郡上おどりの繁忙期は親戚が手伝いに来てくれるんです。そうやって良い時も悪い時も家族で店を守ってきました」と言って、和田さんは優しい眼差しを厨房の奥のほうへ向けました。

聞けば創業は90年以上という老舗です。先代が蕎麦、うどんの店として開業し、和田さん自身もいつか店を継ぐのだろうと考えていたそう。28歳でこの店に戻ってくるまでは東京の議員会館で洋食のコックとして働いていました。

「洋食の経験を生かして創作メニューを出そうと考えたことはないんですか」と聞くと、「そういう発想はなかったですね。長年続いてきた店ですから、それを守っていこうという考えしかありませんでした」と返す和田さん。そうやって大切に守られてきた味だからこそ、触れてみたくなるものです。

人気メニューを尋ねてみると、思いがけない答えが返ってきました。「うちはうどんと蕎麦なら、6:4くらいでうどんのほうが出ていますよ」。なんということだ。店頭で蕎麦を謳っているのは、初来店の観光客へ向けたもので、リアルに近隣住人の方々に親しまれているのはうどんなのか。そうなると、うどんへの思いがどんどん大きくなっていく。「うどんだったらオススメはありますか」と尋ねてみると「親子うどんですかね。評判良いんですよ」と嬉しそうに返ってきたので、そうなるともう「親子うどん」(700円・税込)一択でした。

「今じゃ製麺機を使っているんですけど、元々は手打ちの自家製麺だったんです」という和田さん。地元・岐阜の小麦粉で打った麺は直径5mmほどで、エッジがくっきり立っているわけではありませんが、その麺線はやわらかくも真っ直ぐで、箸にかかるアールの具合でしなやかさが見て取れます。啜ってみれば、「やわらかい」の一言で終わらせないやさしいコシが印象的。まさに熟成の妙です。 出汁の決め手となる削り節は昔から和歌山から上質なソウダカツオを仕入れ、毎日丁寧に削っているそう。「値が張るんだけどね、これじゃないと美味しくならないから」と笑顔を見せる和田さん。鶏肉においても同様に、原価が上がるものの、郡上八幡の鳥専門の精肉店から仕入れたせせりを一貫して選んでいます。

「家族でやっているから人件費もかからないでしょ。その分を原材料の仕入れに充てているんです。時代とともに原材料の値段は上がっているし、食材のグレードを落とすしかないかなと思った時もありましたが、やっぱり美味しくない。自分たちが美味しくないと思うものを、お客様には絶対に出せませんから。やっぱり、変えられないんです。だから、うちには新しいものはないし、味もずっと同じまんま」。和田さんはそう言って、奥様と顔を見合わせて笑いました。

何十年ぶりに来たお客さんが「同じ味がするね」と言って帰ったというエピソードを聞いて、なんて素敵なんだと思いました。この日食べた親子うどんの味わいは、特別な思い出になりました。

※現在は閉店しております(2022年7月)

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人気メニューを尋ねてみると、思いがけない答えが返ってきました。「うちはうどんと蕎麦なら、6:4くらいでうどんのほうが出ていますよ」。なんということだ。店頭で蕎麦を謳っているのは、初来店の観光客へ向けたもので、リアルに近隣住人の方々に親しまれているのはうどんなのか。そうなると、うどんへの思いがどんどん大きくなっていく。「うどんだったらオススメはありますか」と尋ねてみると「親子うどんですかね。評判良いんですよ」と嬉しそうに返ってきたので、そうなるともう「親子うどん」 (700円・税込)一択でした。

「今じゃ製麺機を使っているんですけど、元々は手打ちの自家製麺だったんです」という和田さん。地元・岐阜の小麦粉で打った麺は直径5mmほどで、エッジがくっきり立っているわけではありませんが、その麺線はやわらかくも真っ直ぐで、箸にかかるアールの具合でしなやかさが見て取れます。啜ってみれば、「やわらかい」の一言で終わらせないやさしいコシが印象的。まさに熟成の妙です。

出汁の決め手となる削り節は昔から和歌山から上質なソウダカツオを仕入れ、毎日丁寧に削っているそう。「値が張るんだけどね、これじゃないと美味しくならないから」と笑顔を見せる和田さん。鶏肉においても同様に、原価が上がるものの、郡上八幡の鳥専門の精肉店から仕入れたせせりを一貫して選んでいます。

「家族でやっているから人件費もかからないでしょ。その分を原材料の仕入れに充てているんです。時代とともに原材料の値段は上がっているし、食材のグレードを落とすしかないかなと思った時もありましたが、やっぱり美味しくない。自分たちが美味しくないと思うものを、お客様には絶対に出せませんから。やっぱり、変えられないんです。だから、うちには新しいものはないし、味もずっと同じまんま」。和田さんはそう言って、奥様と顔を見合わせて笑いました。

何十年ぶりに来たお客さんが「同じ味がするね」と言って帰ったというエピソードを聞いて、なんて素敵なんだと思いました。この日食べた親子うどんの味わいは、特別な思い出になりました。

※現在は閉店しております(2022年7月)

山田祐一郎(KIJI ヌードルライター)

1978年生まれ。福岡県の製麺工房[宗像庵]の長男として生まれる。2003年よりライターとしてのキャリアをスタート。雑誌、ウェブマガジン、書籍などの原稿執筆に携わる。毎日新聞での麺コラム「つるつる道をゆく」をはじめ、連載多数。webマガジンその一杯が食べたくては1日最高13,000アクセスを記録したことも。著書「うどんのはなし 福岡」「ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡」。2017年スマホアプリ KIJI NOODLE SEARCHをリリース。未知なる麺との出会いを求め、近年では国内のみならず海外にも足を運ぶ。福岡県宗像市在住。2019年自身の経営する製麺所「山田製麺」をオープン。

Photographs by Yuichiro Yamada