「いいな、大人は」。父として、たった一度の人生をワクワクしたくて来た郡上の地。非日常を日常にする「兼業猟師」という生き方 イメージ

「郡上で生きる人 」vol. 2 「いいな、大人は」。父として、たった一度の人生をワクワクしたくて来た郡上の地。非日常を日常にする「兼業猟師」という生き方

都会の香りがするその人は、スノーピークの「焚き火台」を赤く燃やし、クマ肉と脂、その日に家の畑でとれた白ネギを飯盒の中でグツグツ煮て待っていた。
安田大介、46歳。
「奥山で冬眠直前の良いクマが獲れたんです」と鍋を振る舞い、鞣(なめ)した鹿の毛皮を撫でる。燻し香が鼻をつく。サラリーマンから転身した門外漢の猟師はどんな人生の山を歩き、郡上に住み着いたのか。飄々とした生き方の源流を聞いた。

どうしたって仕事がおもしろくなさすぎた。それがきっかけで全国の川をカヌーで下るように「長良川流域は別格だった」

まさに順風満帆、周りから見ればキャリアを駆け上がっている最中の34歳に退職、移住をした安田氏。
身重の妻を連れて、仕事も暮らしもゼロから始める選択は”普通”では考えられない。約10年前、安田氏は何を思ったのか。

福岡で生まれ、名古屋で大学生活を送った。大学卒業後、営業職を経て、システムエンジニアとしてソフトウェア開発の工程に関わる仕事をする。多忙な日々を過ごすが、会社を渡り歩く中で待遇、給料が上がっていった。30歳で結婚。子どもを望むがなかなか授からず、働き方と今後の家族との暮らしに悩んだ。
転職3社目の会社で働きながら、「給料や待遇に不満はない。それでも(1週間が7日であることをベースに)人生を7等分したとしてその5/7が仕事。それがつまらなくて良いのか?」と悶々とし、毎週末、山や川へ出かけるようになる。

自然遊びに誘(いざな)ったのは本だった。日本におけるツーリング・カヌーイストの草分け的存在である野田知佑や、作家、エッセイストの椎名誠の本を愛読、サラリーマン生活を続ける安田氏のバイブルとなった。「野田知佑かぶれ」を自称するほどのめり込み、アラスカ発祥といわれる1人用小型ボート「パックラフト」を直輸入。仕事が終わった金曜日の夜から家を飛び出し、野田が下った全国の川に向かい、川面にボートを浮かせて漂った。

パックラフトで吉田川を下る

「週末遊び」と「週末遊びのためにカウントダウンして働く」ループに閉塞感と違和感が膨れ上がる。「ワークライフバランスはとれなかった」と安田氏は笑う。腰を据えようと名古屋市名東区内の平屋の中古物件の購入を決めた。まさに実印を押すそのタイミングで吉報が舞い込む。妻が妊娠したのだ。

働きながらの狩猟生活。
そんな生き方があるのだと知り、移住理由がぐっと集まった

「今しかないと思った」。安田氏は一般的なルートとは真逆の道に進む。仕事を辞め、名古屋を離れる選択をしたのだ。「山や川に関わる仕事を探す中で『ツーリズム』『狩猟部門に携わる人材』の求人がここ郡上八幡で出ていたんです。名古屋にいる時から狩猟を始めようとしていましたから、好きなことに直結すると思いました」。さらに人生観が覚醒する本に出会う。千松信也の「僕は猟師になった」(新潮文庫)。猟師はいわゆる”専業猟師”のイメージがあったが、猟期は狩猟をし、猟期以外は別の仕事をしながら自然を取り入れた暮らし。そんな生き方をこの本で初めて知った。
郡上八幡という場所についても特別な思い入れが。パックラフトで吉田川や長良川を下った経験があり、全国的に見ても頭一つ、二つ抜けて別格だった。長良川流域の生態系の豊かさと美しさ、そこにある文化に魅了されていた。

通年狩猟で自然を深く楽しむ
動物を愛する究極の形こそ単独猟

里山保全組織「猪鹿庁合同会社」の代表を務める安田氏は企画運営や講師を担う

2014年11月、「兼業猟師」となった安田氏。アウトドアイベント等の企画運営やキャンプ場経営、記事の執筆などの仕事で生計を立てるが、あくまで”好きなことで生きる”が軸。猟を暮らしの中心に据えた。

ここ郡上八幡で最初に捕獲したのは猪。「小さめの個体だったというのもありますが、雪山の中でがっと手づかみしました」。その笑顔は無邪気そのものだ。
翌15年、銃猟も開始。猟期である冬から山に入り、銃を使った狩猟を始めた。銃猟を始めたての頃、郡上の山を全力で楽しむ尊敬すべき銃猟師達が身近にいた事も幸運だった。

狩猟には大きく2つのスタイルがある。複数人で行うものと1人でできるものとがあり、複数人だと「巻き狩り」、1人だと「単独猟」が主流だ。
安田氏はどちらも行うが「最近は単独猟が好きですね。山の中で動物に出会った時、直ぐに撃たずにゆっくり動物を観察することがあって、そんな事ができるのも単独猟の魅力です。とにかく動物が大好きなので」。
狙った個体を見落とさぬよう、獲物との距離を意識しながら静かに追っていく。さながら忍者のような狩猟であることから「忍び猟」とも呼ばれる。なぜ単独猟なのか。
「一人の気楽さと自由なところが自分に合ってるんだと思います。そして、理想的な肉が手に入り易いことです。もし自分が逆の立場としてシカやクマだったら肉体的、精神的な苦痛なく息絶えたい。そのために僕はなるべくクリーンキルしたい」。
クリーンキルというのは、脳や首の脊髄などバイタルゾーンを一発で撃ち抜くことで苦しみ、ストレスを与えないで即死させること。苦しんで死んだ獲物は体温が上がり、肉の質が落ちる。また内臓を撃ち抜くと肉に臭みが移ってしまう。そうなると肉は美味しくなくなり、肉の歩留まりも一気に減る。
山を駆け回る鹿や猪などを銃で撃ち獲る行為ではあるが、クリーンキルによって獲物の苦しみを最小限に、きれいに美味しく命をいただくことができる。狩猟を生業とすることで、仕留めた肉がジビエ料理の素材として生まれ変わるまでを見届けることができる。
「幼少の頃からずっと犬や猫を飼っていて、動物が大好きなんです。シカやクマに夢中なんですかね」と照れ笑いする横顔からは、むやみに苦痛を与えない動物福祉の観点からの覚悟や愛情を感じた。

捕獲した鹿を解体する。解体の術が肉質や味に影響する

基本的に単独で奥山に入るという安田氏だが、1人プレーでの狩猟の何がそんなにおもしろいのか。
「獲れても獲れなくても全部自分のせいなところ。山の形、谷の深さなど地形を熟知していないといけない。獣の走り方を分かった上で、どのルートを取るのがいいのか広い山中で考えるわけです。相手は野生動物ですし、殺られまいとこちらの動きを研ぎ澄まして察知する。自分しかいないわけだから、身体全体を使って対峙する。そのご褒美として肉をいただき、家族や仲間と食べられる。この流れが最高に楽しい」。
そう話しながら特製の味噌󠄀に漬けた鹿肉を網の上に乗せ、飯盒の熊肉をつつく。熊は冬眠直前の1頭でどんぐりなど栄養豊かな植物性の餌ばかりを食べていただろうから山の香りがすると、冗談を交えて取り分けてくれた。

山中で野営する安田氏。
奥山に入る際は簡易テントのツェルトを必ず装備している

「ポジティブに猟に関わる人間が増えるといい」
猟のツーリズム化で本物を体感、狩猟を身近に楽んで欲しい

狩猟を始めて今年で11年目。
管理人の高齢化により継承したキャンプ場を拠点にしながら、狩猟のツーリムズをはじめて10年が経った。安田氏はこの10年間の積み重ねと、自身が生き証人ともいえる”外あそびが未来を変える”経験を猟仲間である松川哲也氏と共に、より本格的な狩猟の体験型プログラムを開始した。(※松川氏の活動については下記 関連記事 参照)
その名も「実猟ハンティング同行&解体・猟師飯ツアー」。参加者はプロの猟師2人の後をついて冬山を歩き、狩った獲物を運搬し、自力で下山。解体もする。まさに現場感満載の”リアル”なツーリズム内容である。

雪山で猟をする(右から)安田氏と松川氏

昨秋、全国的に熊が人里へ出没し、人身被害の件数が大幅に増えた。狩猟免許の取得を啓発したり、猟の魅力を発信したりする動きが広がった。猟のツーリズム化にあたり、そうした現象の影響はあるのだろうか。
「(プログラムの中で)あえて獣害の話を前面には出しません。狩猟のリアルを体感してもらうツアーとして、獣たちを害や悪者としてネガティブに捉えて欲しくないですから。主体的に山を好きになってもらえたらいいですし、豊かな山が守られるには一定の獣がいてほしい」。
狩猟者を増やしたい意図で体験や育成を促す環境省や農林水産省に対し、安全上、治安上の問題から銃を容易に所持させたくない警察庁という両者の立場と思惑に触れた上で「都市部の人にとって狩猟ってなかなかできない。技術が必須であることはもちろんですが、豊かな山と幸運とタイミングが重なって捕獲ができる。情報が簡単に手に入るように思える現代であってもそれは文字や言葉で説明したり、狩猟免許を取ったりしただけでは分からない」。安田氏と松川氏が、山に入るところから、獲物を運んで解体する最後までをやることにこだわるのはこの理由ゆえだ。

猟師のリアルに同行する。獲物を求め雪道をゆく
松川氏曰く「遠距離狙撃派」の安田氏
同行ツアーでしか体感できない仕留める瞬間
ツアー参加者自ら獲物を運ぶ。
雪上を運搬するのは想像以上に大変だ
ツアーの最後はジビエをみんなで食べる。
猟師でないとめったに食べられない
希少な部位の美味しさに参加者が驚くという

「この本、知ってます?」
安田氏は1冊の本を手渡してくれた。
椎名誠が息子である岳との日常を綴った「岳物語」(集英社文庫)。
安田氏は、自身の父親がつまらなさそうに仕事をしていた(少なくともそのように見えた)姿が強く印象に残っていると振り返り、「息子の岳が父である椎名誠に『いいな、大人はな』という場面があるんです。大人は仕事で釣りができていいな、って。
僕も娘に『いいな、大人は』って言ってほしい。そう言ってもらえるような大人を体現したいんです」。

暮れかかる午後の光の中で、父の顔をした少年が愛おしそうに冬山の稜線を見上げていた。

安田氏の愛読書たち。
これらの本との出会いが安田氏を”郡上人”にした

関連記事

[体験レポ]生きる本質と向き合う【冬山ハンティング同行&解体・猟師飯ツアー】
https://tabitabigujo.com/outdoor/media_gn365/post-5238/

[松川氏の里山を守る活動]変わりゆく山と里の境界線
日々山に入る若き猟師が見つめる50年先の郡上の山と暮らしとは。
https://tabitabigujo.com/outdoor/media_gn365/post-3308/

【関連リンク】
里山保全組織「猪鹿庁」
http://inoshika.jp/
「猪鹿庁」ツアー・イベント・講座一覧
https://inoshika-tour.tumblr.com/schedule

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