
郡上市 石徹白地区 フライフィッシャーが伝える「自然で遊ぶために、自然を守る」その楽しさと深さ
「元々は、釣りをするためだけに来ていた場所なんです。でも、この川が、この環境が、長く残り続けてほしい。その想いに賛同して参加しています。」
郡上市白鳥町・石徹白(いとしろ)地区では、石徹白漁業組合を中心に【人工産卵床づくり】が行われています。この活動は日本でもわずか5か所しか続けられていませんが、ここでは、17年の長きにわたり継続されています。
きっかけは、石徹白のイワナに魅せられた“イワナトラベラー”斉藤彰一さん。石徹白漁業組合と共に活動を続けた斉藤さんの想いを受け継ぐ人々が全国から集まり、川を守りながら楽しむ時間を共にしています。
今回は、その活動とそこに込められた人々の想いを取材しました。

撮影:つり人社
石徹白川で始まった漁業組合の活動
舞台となる石徹白川は、山々に囲まれた小さな集落を流れる清流。岐阜県では珍しい日本海側へ流れる九頭竜川の水系で、植生が豊かなこの地域には、イワナとヤマメが生息しています。フライフィッシャーにとってはまさに宝のような川。その背景には、長年この川を守ってきた人々の挑戦がありました。
1999年には、全長3.2kmのキャッチ&リリース区間が誕生。これは日本で2ヶ所目でした。当時は全国的にも浸透していなかったため、地域から否定的な声も多く、「本当に効果があるのか?」「釣った魚を逃がすなんて、釣り人が減るのでは?」と疑問視されていたといいます。

石徹白漁業組合より引用
それでも諦めず地道な普及活動を続け、始めたイベントには、200人近い参加者が集まるほどになりました。そして、イベントの締めくくりは必ず河川清掃。初年度には軽トラック数台分のゴミを回収し、その中には地元の生活ごみも多く含まれていました。釣り人側の真剣な姿勢と、川の現実を知った地域の人々が、「自分たちも何とかしないと」と意識を変えていったきっかけになったのです。

石徹白漁業組合より引用
2008年には、産卵のために戻ってくる魚のために、約200mにわたる人工産卵河川と産卵床を造成。イワナやヤマメが安心して産卵できる場所を整えています。多くの地域で主流の「稚魚放流」や「発眼卵放流」ではなく、“その川の魚がその川で生きていく”ことを大切にする活動です。専門家の指導のもと、毎年自然の状態を見極めながら改良が続けられ今年で17年目を迎えました。


「ここで循環するために」産卵床を手入れする
この日は、人工産卵河川にある人工産卵床を整備するため、全国からアングラーが50人以上集結。中学生や女性アングラー、中には釣り未経験者の姿もありました。


ここで専門家として指導するのは、フライフィッシング界のスペシャリスト・安田龍司さんです。斉藤さんがきっかけで石徹白に訪れるようになった安田さんは、この活動の意義を次のように語ります。
「釣りに来たのに、鳥を見たり、石の裏の虫を観察したり、川の流れを眺めていたりして、全然前に進まない。でもそれが楽しいんです。」と、フライフィッシングの魅力をまるで少年のようなまなざしで話してくださいました。
そして、産卵床づくりにおいては「その川に適した種を使うことが大切。ここで生まれた魚が、またこの川に戻ってきてくれることを願っています。」と、川の生命循環を重視する姿勢を強調します。

この活動には、知識や経験に基づいた知恵、生態系に対する理解が必要となります。安田さんの指導があってこそ、未来につながる活動になっているのです。
いよいよ産卵床の整備作業に入ります。これは、単なる土木作業ではなく、魚の生態に合わせた緻密な「川づくり」です。
安田さんの指導のもと、参加者はまず魚を一時避難させ、産卵床の泥を丁寧に洗い流します。




その後、大きな石を使って水の流れを調整。石の配置一つで水の流れが変わり、遡上する魚の種類にまで影響を及ぼすため、繊細な技術が求められます。


特に重要なのは、産卵床の構造です。「上に砂利を置くのは、イワナが尾びれで掘れるようにするため。砂利の下には小さめの石を置いて、卵がその隙間に入り流されないように工夫します」と、安田さんは具体的な技術を説明します。
参加者と安田さんの会話は、種類による魚の習性の違いや各地の川の近況報告など、和気あいあいとした雰囲気でした。ある参加者は「ただの作業じゃない。みんなが夢中になれる“川づくり”なんです」と、この場の大切さを伝えてくださいました。



整備が終わると、川の姿は見違えるように生まれ変わりました。
10月には、ここで魚たちの産卵が始まります。


積み重ねる自然への想い。未来へと繋いでいく
「実は僕、釣りはしないんですよ。だからこそ、どちらの立場にも偏らず、橋渡しのような役割ができたんです。」
そう語るのは、石徹白漁業組合長の佐々木さん。組合に関わって27年、組合長として9年目を迎えています。
キャッチ&リリースを始めとした自然環境保全活動は、地域の人と釣り人の両方に理解してもらう必要があるが、当時はなかなか難しかったといいます。
「この活動は、地元だけでは難しかった。斉藤さんが外からの力を持ってきてくれたから、ここまで続けてこられたんです。」
長く住んでいると気づかない石徹白の恵まれた自然環境。外から来た釣り人たちが魅了されて“残したい”と願ってくれたからこそ繋がった想いもあるかもしれません。そして、その想いを受け入れ、共に進んできた漁業組合が繋いできた想いの賜物だと思います。

その想いはすでに次の世代へ広がりつつあります。
石徹白の川に魅せられ、この活動に共感し、大人だけではなく地元の小中学生も参加。
中学1年生・源一くんは釣り好きが高じて、YouTube『げんチャンネル Fishing』で釣りについて発信をしています。
「地元には釣り仲間が少ないけど、こうして大人の人と関われたり、YouTubeを通して遠い地域の同じ趣味をもつ同世代と繋がれたりするのが楽しいです!」
彼の瞳の輝きに、未来への希望を感じました。

まとめ
フライフィッシャーたちの活動を通して感じたのは、「自然に教わる姿勢」と「人が自然とどう関わるか」ということ。
ただ遊ぶだけじゃない。
ただ守るだけじゃない。
ただ“いいこと”をしているだけじゃない。
「楽しいから」「好きだから」やっている。
その純粋な想いが、石徹白の川を支えています。
フライフィッシングは、魚だけでなく、虫、鳥、植物、川の流れ…自然すべてを観察し、対話する遊び。だからこそ難しく、だからこそ深く、面白い。
ここで出会った人たちは、自然と関わる喜びを知っています。その実感が、「自然を守りたい」という気持ちにつながっているのだと思います。
【追悼】
最後に、2025年7月に亡くなられた斉藤彰一さんへ。
斉藤さんが遺した「川と魚を守りたい」という情熱は、今もなお多くの人の心を動かし続けています。自然とともに生きる喜びを教えてくださったことに感謝し、この想いを我々も受け継いで行きます。心よりご冥福をお祈りいたします。






