
「郡上で生きる人 」vol. 2 郡上の山で育った若者が紡ぐ 里山の暮らしを生業とした新しい生き方
新連載の『郡上で生きる人』。テーマは「人と自然」です。(人も自然の一部なのですが)
第2回目となる今回は、木工作家であり、天然きのこ狩りや山菜採りなどを案内する山ガイド、罠猟師として活動する「Tabi Factory」の水上淳平さん。生きるために猟をして、自分の心が歓ぶからという動機で山に入って季節を感じ、この山を大切にしたいと思うから活動する。とてもシンプルで、とても優しい彼と山との関係性は、いつも無理がない。
この環境が好きだからこの環境を守りたい――。そんな彼のまっすぐな想いと生き方には、環境問題への向き合い方や「仕事」と「暮らし」の境界、さらにはこれからの観光のあり方まで、多くの気づきをもたらしてくれました。
山も川も大雪も、恵みや癒しの裏には災害や困難もあります。コントロールできない大自然に順応しながら生きてきた人間は強いのです。
郡上で「外あそび」や「暮らし」の体験プログラムを提供している方々に焦点を当て、その方の人の暮らしや考えにフォーカスした記事を連載で紹介していきますので、ぜひご覧ください。
水上 淳平(ミズカミ ジュンペイ)
1991年生まれ。岐阜県郡上市高鷲町出身。
郡上高校森林環境科学科を卒業後、森林文化アカデミーの「森と木のエンジニア科」に入学。卒業後は地元の製材会社で林業家として3年間働く。その後、貸別荘とアウトドアアクティビティを提供する「Orkひるがの」に転職。森のことを学び直したいと一念発起し、森林文化アカデミーの「森と木のクリエーター科 木工専攻」に再入学を決意。卒業後は「Tabi Factory」を設立し、 木工作家として食にまつわる食器やカトラリーなどを制作する傍ら、春から秋にかけては、キノコハンターとして山に入り、猟をしながら森のガイド活動する。
Instagram: https://www.instagram.com/tabi.factory/

編集:淳平くんからは山への愛が溢れているように感じるのですが、こどもの頃から山が好きだったそうですね。どんな幼少期を過ごしてこられたのですか?
水上:小中学校の文集には、どれも「山で暮らす」って書いてあるんです(笑)。職業でもないですけど、ずっとそういうのがベースにあったんだと思います。幼いころから、じいちゃんやお父さんが川に釣りに連れて行ってくれたり、山に虫捕りに連れて行ってくれたりしていました。でも僕の家族が自然派の暮らしをしていたかというと、決してそうではなく、郡上によくある普通の自然が近くにある暮らしです。それが今となっては良かったんだと思います。
ぼんやりと山や木に近い暮らしをしたかったから、進路も森林科学科のある高校に行って、森林アカデミーに進学し、森に携わる道を選んできました。
編集:一貫してますね!一回郡上を出たい!とか、都会に憧れて・・・、というような郡上の若者が一度は経験するそういうのはなかったんですか?
水上:まったく。(にやけながら首を振る)幼いころから田舎が好きだったんです。
編集:まったく?! 珍しい! そこが淳平くんの稀有なところですね。
水上:僕 、19歳で初めて電車に乗ったんです。郡上にも長良川鉄道はあったけど、改札とかないんで、初めて改札に切符を通しました。そのくらい高校生までどっぷり田舎生活で、しかもここでの暮らしが好きでした。
編集:幼いころから、山に関わる仕事がしたいと思っていたのですか?
水上:いや、実はそこは全然決まってなくて。高校卒業後、まだ就職したくなくて。高校が森林科学科だったという理由で、流れで森林文化アカデミーに行きました。

編集:そうだったんですね!意外です。なにを専攻されたのですか?
水上:本当は環境教育的なことに興味があったのですが、友達が誰も選ばなくて。自分に嘘をついたんですね。それで友達と同じエンジニア科で林業を学ぶことになりました。そこではチェンソーマンになるためのスキルを身につけるのですが、心のどこかで、自分が本当にやりたいことって、こういう山との関わり方ではないのかもしれないって少し違和感はあって。
でも卒業後はとりあえず、木に関わる仕事に就きたかったので、昔からある職業の中から選ぶという形で、地元の製材会社に就職し3年間働きました。その後「Orkひるがの」に転職しました。「Orkひるがの」は山を所有していて、貸別荘に泊まりにこられる方に、自然や山遊びを体験してもらうコンテンツがあるのですが、あらためて地元の山を見たときに、その辺に生えている木の名前も分からないし、キノコを見つけても食べられるのか、毒キノコなのかも分からない。いろんな人に聞いても分からなくて、近所のキノコ名人と呼ばれる80歳くらいのおじいちゃんを紹介してもらって会いに行ったんですけど「分からん」て言われて(笑)。
「うわっ。地元のおじいちゃんたち世代でもこんなに山のこと知らんのや・・・」と衝撃を受けました。
「このままではいろんなことが途絶えてしまう・・・」と思って。
もう一回アカデミーに入って、山のことをしっかり学び直して、生業として次の世代に伝えていきたい!と思うようになって今にいたります。
編集:使命感が芽生えたんですね。

水上:そう!「僕が継がなきゃ!この森を!!」みたいな、なんかそういう使命感を自分に課しましたね。「なぜ今そういうことをしている人がいないかというと“僕がやってないからだ!”みたいな(笑)。今はだれも山に興味を持っていなくても、なんとしてでも自分がやる!」と言い聞かせました。
編集:今でこそ山遊びや山暮らしは注目されているような気がしますが、当時はそうじゃなかったってことですか?
水上:4年前は全然でしたね。(現2025年)キャンプブームはきていたけど、すごい表層の遊びみたいな感じがして。それでも人って自然に触れ合いたいんやなぁって思いながら見てました。
だけど“本当の山”には誰も興味がない。このままだと、おじいちゃんやおばあちゃんの大切な山が、よくわからないままよくわからない外国の人に買われてしまって、変な施設とか建てられるかもしれん。それはめっちゃ嫌だ・・・と思って。放っておけなくなりました。
編集:それで森林アカデミーにもう一度入学されたのですね。それにしても、結婚もしていて幼いお子さんもいて、すごい決断でしたね。
水上:そう言われればそうですねー。奥さんが「実家があるし、食べ物もいっぱいあるし、働くこともいっぱいある!失敗してもどうにでもなるから、どうにもならなくなるまでやってみて!」って言ってくれて。
編集:素敵!
水上:そう思ったらすごく肩の力が抜けて、これで失敗しても死ぬわけではないし、まずやりたいことを思いっきりやってみよう!と思いました。
2回目の森林アカデミーでは、森と木のクリエーター科で木工を専攻しました。木工を仕事の主軸にしたいと思っていたのですが、言ったら2年しか木工の勉強をしていないわけで、調理師学校を卒業したての料理人みたいな感じだなって思っていて。とにかく実績が必要だ!と思って作り続けました。
今僕がやっているのは木工と狩猟とキノコハンターや山ガイドですけど、どれも経験と実績が大切な仕事です。とにかく手探りでもいろいろやってみよう!と思って、ずっとやってきています。



編集:そうだったのですね。木工と狩猟とキノコハンターなどの山ガイド、実際はどんな順番で始めて、どんな割合でやっていらっしゃるのですか?
水上:それが、今は全部同じぐらいの割合になってきたんです。
本当は、好きな木工を主軸にしながら、ライフスタイルの中で狩猟をやって、趣味でキノコをやろうと思っていたんですけど、いろいろやってるうちにすべてが季節に応じた仕事の柱になっていきました。
春や秋は山菜やキノコ狩りのガイドを、冬になったら木を削って、夏には「Orkひるがの」で宿泊者さん向けにカブトムシ採取ツアーをやったりもしています。
編集:すごく良いサイクルが出来上がりましたね!
水上:これは無理がなくていいなと思って。
編集:淳平くんの生き方や働き方を見ていて、無理がないっていうのもポイントですよね。人にも自分にも環境にも負荷が少ない。強制している感じがしません。
水上:そうですね。自然とこの形になっていったって感じ。
編集:山のガイドも仕事としてやっていこうと思ったきっかけはあったのですか?
水上:それが、「体験を売る!」とか、「体験してもらうためのプログラムを作る!」って感じじゃなくて、とにかく自分が山に入るのが楽しくて、その“楽しさ”をシェアしたいなと思って始めたのがきっかけです。「この季節の山って、宝探しみたいでめっちゃ楽しいんだけど、一緒にやらん?」っていう感覚。僕らの普通の暮らしの延長にある日常の楽しさや遊びを伝えることができたらなって。

編集:淳平くんらしい。お友達にお庭を案内する感じですね。ツアー中で呟いてくれる言葉が、本当に好きなんだな・・・って山や自然への愛が溢れてますもんね! ここ数年で同じような想いを持っている仲間や、山の楽しさを求めて田舎に来る人が増えているなって感じることはありますか?
水上:そうですね。ちょっとありますね。自分がそっちの方にのめり込んでいったから、そういう人が増えている気がするだけなのかな?って思ったりすることもありますが、実際「ノアソブ」(※1)も同じくらいのタイミングでできたり、「Orkひるがの」(※2)もいつも快く山を貸してくれて、思ったことをやりやすい環境が近くにあるので、ありがたいですね。想いに共感してきてくれるお客さんも増えてきていると思います。
※1 「郡上ノアソブ」とは、オリジナル体験予約サイト。
郡上市の季節ごとの旬な野遊びを発見し、その時にしかできない、期間限定プログラムを案内しています。https://gujo-outdoor-exp.org/
※2「Orkひるがの」とは、「泊まる・食べる・遊ぶ」をテーマにしたアウトドアリゾート。1棟貸しの貸別荘で宿泊しながら、四季折々の自然を大満喫できます。
公式サイト:https://ork-hirugano.co.jp/
編集:それは嬉しいことですね!自分の楽しいことが仕事になって、またそれが人に喜んでもらえるなんて、最高の仕事じゃないですか。「仕事」というものの概念も変わりそうですね。
水上:一応真剣に仕事として責任感をもって取り組んでいるんですが、周りからは、いつも遊んでいると思われてるみたいです(笑)。いつも楽しそうに見えているのか!と思って、でももしそうやったら、最高やな!と。
編集:最高ですね!そういう人が増えていくといいですね。水上:最近はどっぷり山暮らしをしているので、いろんなことが麻痺していて、台風でも罠の見回りに行くし、鹿を獲ったり、命のやりとりみたいなことをずっとしていますが、僕もこの生業をはじめるまでの30年間は、普通の暮らしをして、皆さんと同じような感覚で生きてきたので、きてくれた方が感動したり驚かれると「そうだよね」と微笑ましい気持ちになります。
これからも、山の素晴らしさを、自分たちの暮らしの延長線で伝えていきたいですね。

編集:ありがとうございます。最後に、100年後の郡上がこんなふうになってたらいいなという、夢見ている景色があったら教えてください。
水上:あります!
郡上って面積の90%くらいが山なんですが、普段から山に入ってる人なんてほとんどいない。でも都会の人がやってきて勝手に山に入ると、田舎の人ってめちゃくちゃ怒るんですよ。「勝手に入るな!山菜採るな!キノコ採るな!」って。それってすごくもったいないなと思っていて。
山の中に新しく施設を作ってきてもらうんじゃなくて、山そのものに入って楽しめる町にしていきたいです。すっごい地道なんですけど、生涯をかけてそういう土地にしていきたいと思う。
都会の人には都会の人の役割があって、山の人には山の人の役割がある。僕は都会の人が山にきてくれたときに「このエリアは自由にキノコ狩りや山菜が採れるよ」とか、「このキノコは食べられるよ」など丁寧にガイドをして、楽しみ方を伝えられたらと思います。それには多少の入山料とかを払ってもらってもいいかもしれないと考えています。普段その山を管理するお金も必要ですからね。お互いが気持ちよく、山に触れていられる環境を作っていきたいと思います!
今回のプログラム体験レポ:家族で山菜をとって食べる!プチ里山暮らし体験【里山あそび〜春編〜】
編集後記
終始穏やかな笑顔で、自然の流れでそうなったと話す淳平くんですが、その裏には、山への深い愛情と強い覚悟がみえました。山に育てられ、また山を守ろうとする姿に、私たちが忘れていた「暮らしの芯」のようなものを教えてもらった気がします。
岐阜県は、高知県に次いで日本で2番目に森林率が高い県。そのなかでも郡上は、約90%が森林に覆われています。これまで郡上での山との関わりといえば、林業やインフラ整備、スキー場の建設など「山を切り開く」形が主流でしたが、水上さんは「山とともに暮らす」新しい関わり方を体現してくれています。
自分の心が動くほうへ正直に進みながらも、自然や人との調和を大切にしているその在り方に、どこか懐かしさと未来への希望を感じました。
郡上の山が、100年後も笑顔のあふれる場所でありますように。
これからも、そんな郡上で生きる人のインタビューをお届けしていきます。
