【美山鍾乳洞】五感を研ぎ澄ませて未開の洞窟を冒険する「ケイビング」の世界
郡上には、観光化された4つの鍾乳洞がありますが、ケイビングができるのは「美山鍾乳洞」だけ。世界でも珍しい立体迷路型の起伏激しい鍾乳洞で、ケイビングの専門家からも注目されています。一般公開されたルートを外れて「未開道」と記された空間へ足を進める冒険は、スリル満点。
今回の記事は、GOE編集部がケイビングを体験したリアルレポートと、約60年前にこの鍾乳洞が開発された当時のことを取材してわかったロマンあふれる歴史をまとめました。
ぜひ実際に現地に足を運び、60年前に初めてこの鍾乳洞を発見した人たちの気持ちを想像しながら洞窟探検をお楽しみください。
未開の洞窟は緊張感の連続
感覚を研ぎ澄ませながら一歩ずつ
灯りはヘッドライトのみ頼れるのは自分の五感だけ
入洞は観光ルートと同じ、山の一角にひっそりと佇む扉から。まずはウォーミングアップで観光洞を歩きながら、ガイドさんの解説を聞き進みます。解説を聞きながら観る景色は、今までよりも解像度が上がり、感動もひとしおです。
興奮状態の子どもたちは、ジャンプしたり走ったり。そんなときはガイドさんが真剣な顔で洞窟に潜む危険を説明してくれます。この先は、ときに危険を伴う大冒険なのです。
「今からこの岩の下に降りていきます」指さされた先は、地表にヒビが入ったような細い隙間でした。想像以上に高さもあり、一同静まり返ります。命綱はありません。まるで自然と一体となるボルダリングです。プロのガイドさんが、手をかけ足をおろす順番やコツを丁寧に説明してくれるので、ドキドキしながらも、安心して進むことができます。
ゴツゴツした岩壁には地下水の粒子が張り巡らされて、ヘッドライトが照らされると、無数の星に囲まれているよう。まるで宇宙体験をしているような気分にもなりました。
途中、全員ヘッドライトを消すよう指示があり、一同消灯。
それは経験したことのない暗さでした。月灯りも遠くの街灯もない、正真正銘の真っ暗闇。いつまでたっても目が慣れることもありません。両手で壁をたどりながら恐る恐る一歩一歩進みます。
軍手の先で鈍く感じる岩の冷たさ、歩く長靴の底から感じる水たまりの中のグニョグニョとした泥の感触。次第に全身の神経が研ぎ澄まされていくのを感じます。
しばらくすると、かすかな物音や、かすかな体温で、前後の人との間隔や岩との距離感がなんとなくわかるようになってくるから不思議です。はじめは不安定だった足取りも、長靴越しの足裏で地面を掴むように一歩一歩慎重に、着実に進めるようになってきました。
一年中13℃から15℃くらいのひんやりと冷たい空気の中で、少し湿った壁と壁に挟まれ、感覚だけを頼りにカニ歩きで進んだところは鼻先5cmしか空洞がないような隙間でした。
睡眠中のコウモリを10㎝の距離で観察
奥へ奥へと進むと、ブワッ!とコウモリの群れが襲ってくることもあります。でも絶対にぶつかってこないのがコウモリのすごいところ。基本的には夜行性なので、睡眠中のコウモリたちは、2本の足を岩の天井にフックするように固定してぶら下がり、きれいにマントにくるまっています。10cmの距離で観察しても動くことはありません。こんな距離で観察できる機会はめったにないですよね。
本当の冒険のはじまり
地元の人も驚いたキラキラと輝く世界
今から半世紀以上前の昭和40年、高度成長期真っただ中だったこの頃、この美山鍾乳洞から少し奥へ行ったところに「熊石洞(くまいしどう)」という鍾乳洞がありました。ナウマン象やヘラ鹿の化石が多く見つかり、今でも「岐阜県百年公園」の博物館に化石が保管されています。「このエリアにはまだ未開の鍾乳洞があるに違いない」。信州大学や岐阜大学の地学や生物学科の研究チームが調査に乗り出したそうです。
発掘時、教授や学生たちが宿泊していた民宿の娘さんだった「池戸八重さん」は、当時のことをこう振り返ります。「集落に住む人たちは、発見前の美山鍾乳洞辺りへ行くと、冷風を感じる穴がいくつかあり、暑い夏になるとよくそこへ行って涼んでいたと言っていました。まさかこの山の地下に、こんなにも大きな鍾乳洞があるとは思っていなかったです。鍾乳洞が発見された後は、観光化に向けて町全体が大騒ぎ。郡上八幡から約30分程山奥に入ったところにある小さなおとなしい集落に、次々ときらびやかな建物がたち、多くの観光客で賑わい、それはそれは夢のようでした。可能性に満ちていて、みんなが町も人も活き活きとしていましたよ。初めて鍾乳洞の中に入れてもらったときの感動は今でも忘れられません。今とは比べものにならないくらい美しく、キラキラと輝いていていました。」
3年がかりの調査の後、この鍾乳洞を観光資源として町を盛り上げようと集まった人たちが「美山観光開発」という名の株式会社を立ち上げ、昭和46年に「郡上八幡大鍾乳洞」という名で観光洞をオープンさせました。当時は日本の全国各地で鍾乳洞が大ブーム。毎日何台もの観光バスが乗り入れ、郡上八幡からもシャトルバスが出ていたそうです。
周辺には、テレビの特集でも取り上げられた日本一小さな観覧車がある遊園地や、宿泊施設に大きな宴会場などが次々と完成し、日々100人単位の学生たちが「ケイビング」の冒険を楽しんでいたそうです。
そんな歴史にも想いを馳せながら、ぜひケイビングに挑戦してみてください。
調査隊になった気分で
完全装備と準備体操も
鍾乳洞は、石灰岩に雨水や地下水が浸透し、岩が溶けて空洞ができたもの。今でも水がぽたぽたと滴り落ちます。観光道になっていないところは水たまりも多く、雨の日などには滝や川のように水が流れる場所も。
上下防水ウエアに着替え、長靴、ヘルメット、軍手、ヘッドライトを装着して進みます。(装備品はすべて料金に含まれます)
直径120cmほどしかない穴をくぐったり、岩と岩の間の細い隙間をカニ歩きで進んだり、ときには岩へとよじ登るなど、泥だらけになりながら、通常使うことのない筋肉を使って進むので、準備運動も行います。洞窟の中で怪我をしてしまっても、救急隊の人が救助に来るのも大変なところです。自分の身は自分で守らなくてはなりません。迷路のように複雑に入り組んだ洞窟は、ガイドさんと一緒に進まないと、すぐに迷子になってしまいます。
当時開発をしていた人たちは、今以上に危険と隣り合わせで発掘調査をしていたことでしょう。調査隊になった気分で、過去に想いを馳せながら参加してみるのがおすすめです。
フォトスポットでガイドさんが
写真撮影をしてくれます
洞内は基本圏外ですし、携帯電話は紛失の可能性や破損の危険があるので基本的にはケイビングツアーには持ち込みません。その代わり、都度ガイドさんが写真を撮ってくれるので、記念撮影はお任せ。最後に撮ってもらった写真をもらうことができます。
冒険の最後は体力試し
腕の力で外の世界へ帰還
人ひとりが横になって通れる幅の狭いトンネルの先へ。次々にトンネルへと吸い込まれていくのを見届けていると、最後に自分の番が。他の人のヘッドライトもなく、洞内に響き渡っていた話し声も聞こえず、シーンと静まり返った暗闇に足がすくみます。
「早く広くて明るい世界に戻りたい!」という一心でトンネルを進むと、一筋の光が差し込みます。最後は小さな穴から、腕の力を使って地上へとよじ登って帰還しました。
タイムスリップの大冒険から無事生還できたような気持ちになり、安心感と達成感でどっと脱力しながらも、入り口とも出口とも全く違う場所に出て、「ここはどこだ?」という状態です。少しだけ山道を歩き、帰路につきました。
岐阜県の山奥にひっそりと佇む美山鍾乳洞。自然がつくりあげたスリリングなアクティビティは、他では味わえない貴重な体験でした。
何千万年、何百万年前から少しずつ少しずつ変化しながら現在に至る美山鍾乳洞。太古に想いを馳せるもよし、発掘された昭和当時を懐かしむもよし。時空を超えた大冒険の旅「ケイビング」。ノスタルジックでロマンあふれる体験が待ち受けていますよ。
体力に自信のない方や、愛犬と一緒に旅がしたいという方は、観光道をゆったりとお散歩してみるのもおすすめです。
※雪が降る12月中旬から3月上旬くらいまでは、閉鎖されます。